3
涼子が、自分に治癒ではない異能があることに気付いたのは、四歳の時だった。
人間の顔の横に、数字が浮かんでいた。
「5」の時もあれば「16」や「23」の時もあり、数字はいつもまちまちだった。しかし、見る人全員に数字が浮いているわけではなかった。
幼い涼子はよく、来訪者を指差して傍らに浮かんだ文字を教えてあげていた。
しかし、来訪者も父も、涼子の言っていることの意味を解していなかった。ただ幼い子供の遊びだと笑っているばかりだった。
それから、涼子が「5」と言った者が五日後に亡くなった。「16」と言った者が十六日後に亡くなった。「23」と言った者が二十三日後に亡くなった。
その後も、涼子が数字を言った者は、その分の日数が経つと死んだ。
一度や二度ならば、父も偶然と思っただろうが、さすがに偶然で済ませられるものではなかった。
すぐに父親は、涼子に見た数字を口にするのを禁じた。
父に何が見えているのかと訊かれた時のことを、未だに覚えている。
この時にすでに、涼子は数字がその者の死ぬ時――死期を表しているのだと薄らと気付いており、正直に話せば父は目元を震わせ、憂いと恐れがない交ぜになった顔になった。両肩を掴む父の手の震えは今も忘れられない。そこではじめて、涼子は自分以外の人達には、数字が見えていないのだと理解した。
父はこの異能を「死期見」と名付け、涼子に異能について口外しないようにと言いつけた。父親の様子からも、涼子は自分の異能が他人に受け入れられないものだと理解し、父親の言葉に素直に頷いた。これが八歳の時のことだ。
しかし、数字を口にすることはなくなったが見えはする。涼子は否が応でも、死期見の力について詳しくなっていった。
そこで、昔から数字が見える者と見えない者がいる理由もわかった。単純に、死期が見えるようになるのが三十日前からのようだった。
死期を事前に知ることができるのは、功と罪どちらなのだろうか。
少なくとも、涼子にとっては「罪」であった。数字が見えている者はこの先一ヶ月以内に死ぬ――この、相手の運命を一方的に知っているという事実は、涼子の精神に大きな負担を掛けた。
次第に涼子は、屋敷から出ることも少なくなり、人とも会わなくなっていった。
母屋にある尋の執務室で、涼子は隠していた死期見の力について打ち明けた。
部屋には、尋と荊とがいて、涼子はいつかのソファに座り、卓を挟んで向かい側のひとり掛け用の椅子に尋が、その後ろで荊が起立している。
二人とも口を挟まず、静かに涼子の話に耳を傾けていた。
「ずっと力について自分なりに色々と調べたり試した結果、今は死期を見ようと意識しないと、数字は見えなくなりました」
おかげで、少しは街にも出られるようになったが、反対に、数字を見なかったせいで父の死を防ぐことができなかった。何度後悔したことか。見えていれば、あの日ずっと父の傍にいて守ったというのに。
涼子はグッと下唇を噛んで感情を喉奥に押し込み、頭を下げた。
「黙っていて申し訳ありませんでした」
父に口外を禁じられてから、この異能について話したのは晃以外ではじめてだった。
涼子が口を閉じると、部屋の中にはしばしの沈黙が訪れる。
やはり対応に困っているのかもしれない。夫だった晃にすら『気味が悪い』と言われた異能だ。まだ無能なだけのほうが良かったに違いない。自分ですらそう思うのだから。治癒どころか、死期が見えるなど不吉極まりない。なぜ治癒の血を引く楸家に生まれておいて、自分にはこんな役立たずな異能しか備わらなかったのか。
涼子は二人がどのような目を自分に向けているのか確認するのが怖くて、ずっと視線を俯けていた。膝の上に置いた手がギュッと着物を握り込む。
「にわかには信じられない話だが……じゃあ、怪我人が大丈夫だと断言したのも、その死期見って力で確認したからか」
最初に沈黙を破ったのは尋だった。
涼子は「はい」と頷く。
自分も怪我した彼らが助かるのか不安で見てしまった。そして、頬や胸元に血が付いていた荊も大丈夫だろうかと、つい見てしまったのだが。
「それで、荊の横にも数字が見えて慌てたと……」
「は、はい」
「あの慌てぶりや質問からすると、見えた数字は、あまり猶予があるようなものじゃなかったようだが……いくつだ?」
死期見の力について話せば、数字を聞かれるのは予想できたことだ。
今になって、父が見えた数字の口外を禁じてくれていたことのありがたさに気付く。
まだ死生観などない幼い頃は、数字を口にすることになんの抵抗もなかったが、今はそうではない。死生観も倫理観もしっかりと持ち合わせた上で死期を告げるというのは、相手に死の呪いを掛けているも同じようなものだった。
正直、言いたくないし、言われた者の傷ついた顔も見たくない。
しかし、尋の鋭い視線は、涼子が否と言うのを許してくれない。
「……『1』です」
涼子は消え入りそうな声で呟いた。
一瞬だけ訪れた静寂の後、はぁ、という憂色を含んだため息が聞こえた。
荊だった。彼は眼鏡を外すと、懐から取り出した布でレンズを丁寧に拭った。眼鏡から下がるチェーンが揺れる度に、チャリチャリと綺麗なだけの虚しい音を立てる。さすがに尋も、明日とは予想していなかったのだろう。瞠目した瞳が小刻みに震えていた。
(本当、嫌な力……)
治癒の力と違って、誰も喜ばない。
「私の命も明日までですか。できれば綺麗な死に方だといいのですが……」
「まあ、無理でしょうね」と当の本人はふざけたように言うが、声に温度はない。空虚な軽口に、尋と涼子の表情も部屋の空気もまったく晴れない。
死期はわかっても何が原因で死ぬのかは、涼子にもわからないのだ。しかし、わからないなりにも、できることはあった。
まだ父に口外禁止を言いつけられる前、涼子はほんの二度だけだが、死期を変えることができたのだ。
「あのっ、狐山さんの明日のご予定は……!」
「なんです? 最後の一日に素敵な思い出でもくれるんですか」
皮肉と挑発が混じった目を向けられ一瞬たじろぐが、涼子は負けじと「実は……」と過去二回のことを話した。
涼子が告げた内容に、二人は目を丸くしていた。
◆
翌日、夕刻。執務室には昨日と同じ三人の姿があった。
部屋の空気も随分と安堵に満ちている。
「ありがとうございます、涼子さん。あなたがいなければ、今この場に私はいなかったでしょうから」
昨日とは違って、荊の声には温度が戻ってきていた。しかも、今までで一番温かい。
彼は先程、屋敷に帰ってきたばかりだ。
「ということは、やっぱり……」
「ええ。予想通り帰り道で襲われましたよ。あらかじめ徒衆を民に紛れ込ませていなかったらと思うと、肌に粟が生じますね」
物騒な言葉に昨日の惨状を思い出すが、昨日と違い、荊のシャツには血ひとつ飛んでいない。涼子は目に意識を集中させ、荊を見つめた。
視線に気付いた彼が、首を傾げて己の顔の横を指さす。
「数字はまだ見えますか」
ふっと涼子は表情を和らげ、首を横に振った。
「いえ、もう見えません」
彼の横に数字は浮かんでいなかった。
死期は可変なのだ。
それは昨日のこと――。
『実は、死期は変えられます』
そう告げれば、それまで諦念を滲ませていた二人の顔が、一瞬で希望を見せた。
『過去にたった二度ですが、死期の数字が変わった人がいました』
『それはどうやったんだ』
『本来とるはずだった行動と異なる行動をとれば、死期は変えられます』
幼い頃、数字が浮かんでいる者に対し、数字だけでなく『あと二日で死ぬよ』などと言っていた時期がある。
しかし、死期を過ぎても死ななかった者が二人いた。
後日、彼がまた屋敷を訪ねてきた時は驚いたものだ。男には質の悪い遊びはやめなさいと怒られてしまったが、涼子は男との会話から、なぜ彼が死ななかったのか知った。
男は死ぬのを恐れて予定をすべて断り、一日中布団に潜り込んでいのだとか。
幼い当時はわからなかったが、成長し思考力が身につくとなるほどと理解できた。
彼が何を原因として死ぬかはわからなかったが、死期を知らなければこの行動は起こりえなかった。本来とは違う行動を意識的にしたかどうかの差が、彼を生かしたのだろう。もうひとりも同じようなものだった。
死ぬと言われ、その当日にとる行動を変えていた。
他は死んだ者もいれば、どうなったかわからない者もおり、実例が二つのみというなんとも心許ない根拠ではあったが、尋も荊も真剣に話を聞いてくれた。
尋が腕組みしながら思案に視線を下げた。
『荊、明日の予定は』
『昼に、帝都で商売をするつもりだという商人を訪ねる予定で。挨拶と商売内容の説明をしたいということで、その者の屋敷まで。他は特に』
ピク、と尋の片眉が微動した。
『商人は誰かからの紹介か?』
『いえ。帝都もはじめてだという話ですが……』
『冬月一家の後ろ盾をって話だろうが……帝都ではじめて商売するにしちゃ、随分と手際がいいな』
瞬間、荊の顔に警戒が宿り、厳しいものになる。
『ひとりで訪ねるつもりでしたが、怪我をしていない徒衆を連れていきます』
『いや、動ける奴は全員連れて行け。今日の襲撃のこともあるし……見知らぬ輩からの突然の襲撃、そして、その翌日にお前は見知らぬ商人の屋敷に行く、と。偶然にしちゃ、ちょっと綺麗過ぎだな』
二人だけで進む冬月一家としての会話は、聞いている涼子のほうが緊張してしまうほど、言葉の端々にヒリついたものがあった。
『完全に信じたわけじゃないが……』
チラと尋の目がこちらへと向けられ、反射的に涼子は背筋を伸ばす。
『用心するに越したことはない。徒衆は民に紛れ込ませろ。わざわざ警戒してますなんて教えてやる必要もない』
こうして、荊は密かに徒衆に守られながら、約束の商人と会うこととなったのだ。
涼子が、自分に治癒ではない異能があることに気付いたのは、四歳の時だった。
人間の顔の横に、数字が浮かんでいた。
「5」の時もあれば「16」や「23」の時もあり、数字はいつもまちまちだった。しかし、見る人全員に数字が浮いているわけではなかった。
幼い涼子はよく、来訪者を指差して傍らに浮かんだ文字を教えてあげていた。
しかし、来訪者も父も、涼子の言っていることの意味を解していなかった。ただ幼い子供の遊びだと笑っているばかりだった。
それから、涼子が「5」と言った者が五日後に亡くなった。「16」と言った者が十六日後に亡くなった。「23」と言った者が二十三日後に亡くなった。
その後も、涼子が数字を言った者は、その分の日数が経つと死んだ。
一度や二度ならば、父も偶然と思っただろうが、さすがに偶然で済ませられるものではなかった。
すぐに父親は、涼子に見た数字を口にするのを禁じた。
父に何が見えているのかと訊かれた時のことを、未だに覚えている。
この時にすでに、涼子は数字がその者の死ぬ時――死期を表しているのだと薄らと気付いており、正直に話せば父は目元を震わせ、憂いと恐れがない交ぜになった顔になった。両肩を掴む父の手の震えは今も忘れられない。そこではじめて、涼子は自分以外の人達には、数字が見えていないのだと理解した。
父はこの異能を「死期見」と名付け、涼子に異能について口外しないようにと言いつけた。父親の様子からも、涼子は自分の異能が他人に受け入れられないものだと理解し、父親の言葉に素直に頷いた。これが八歳の時のことだ。
しかし、数字を口にすることはなくなったが見えはする。涼子は否が応でも、死期見の力について詳しくなっていった。
そこで、昔から数字が見える者と見えない者がいる理由もわかった。単純に、死期が見えるようになるのが三十日前からのようだった。
死期を事前に知ることができるのは、功と罪どちらなのだろうか。
少なくとも、涼子にとっては「罪」であった。数字が見えている者はこの先一ヶ月以内に死ぬ――この、相手の運命を一方的に知っているという事実は、涼子の精神に大きな負担を掛けた。
次第に涼子は、屋敷から出ることも少なくなり、人とも会わなくなっていった。
母屋にある尋の執務室で、涼子は隠していた死期見の力について打ち明けた。
部屋には、尋と荊とがいて、涼子はいつかのソファに座り、卓を挟んで向かい側のひとり掛け用の椅子に尋が、その後ろで荊が起立している。
二人とも口を挟まず、静かに涼子の話に耳を傾けていた。
「ずっと力について自分なりに色々と調べたり試した結果、今は死期を見ようと意識しないと、数字は見えなくなりました」
おかげで、少しは街にも出られるようになったが、反対に、数字を見なかったせいで父の死を防ぐことができなかった。何度後悔したことか。見えていれば、あの日ずっと父の傍にいて守ったというのに。
涼子はグッと下唇を噛んで感情を喉奥に押し込み、頭を下げた。
「黙っていて申し訳ありませんでした」
父に口外を禁じられてから、この異能について話したのは晃以外ではじめてだった。
涼子が口を閉じると、部屋の中にはしばしの沈黙が訪れる。
やはり対応に困っているのかもしれない。夫だった晃にすら『気味が悪い』と言われた異能だ。まだ無能なだけのほうが良かったに違いない。自分ですらそう思うのだから。治癒どころか、死期が見えるなど不吉極まりない。なぜ治癒の血を引く楸家に生まれておいて、自分にはこんな役立たずな異能しか備わらなかったのか。
涼子は二人がどのような目を自分に向けているのか確認するのが怖くて、ずっと視線を俯けていた。膝の上に置いた手がギュッと着物を握り込む。
「にわかには信じられない話だが……じゃあ、怪我人が大丈夫だと断言したのも、その死期見って力で確認したからか」
最初に沈黙を破ったのは尋だった。
涼子は「はい」と頷く。
自分も怪我した彼らが助かるのか不安で見てしまった。そして、頬や胸元に血が付いていた荊も大丈夫だろうかと、つい見てしまったのだが。
「それで、荊の横にも数字が見えて慌てたと……」
「は、はい」
「あの慌てぶりや質問からすると、見えた数字は、あまり猶予があるようなものじゃなかったようだが……いくつだ?」
死期見の力について話せば、数字を聞かれるのは予想できたことだ。
今になって、父が見えた数字の口外を禁じてくれていたことのありがたさに気付く。
まだ死生観などない幼い頃は、数字を口にすることになんの抵抗もなかったが、今はそうではない。死生観も倫理観もしっかりと持ち合わせた上で死期を告げるというのは、相手に死の呪いを掛けているも同じようなものだった。
正直、言いたくないし、言われた者の傷ついた顔も見たくない。
しかし、尋の鋭い視線は、涼子が否と言うのを許してくれない。
「……『1』です」
涼子は消え入りそうな声で呟いた。
一瞬だけ訪れた静寂の後、はぁ、という憂色を含んだため息が聞こえた。
荊だった。彼は眼鏡を外すと、懐から取り出した布でレンズを丁寧に拭った。眼鏡から下がるチェーンが揺れる度に、チャリチャリと綺麗なだけの虚しい音を立てる。さすがに尋も、明日とは予想していなかったのだろう。瞠目した瞳が小刻みに震えていた。
(本当、嫌な力……)
治癒の力と違って、誰も喜ばない。
「私の命も明日までですか。できれば綺麗な死に方だといいのですが……」
「まあ、無理でしょうね」と当の本人はふざけたように言うが、声に温度はない。空虚な軽口に、尋と涼子の表情も部屋の空気もまったく晴れない。
死期はわかっても何が原因で死ぬのかは、涼子にもわからないのだ。しかし、わからないなりにも、できることはあった。
まだ父に口外禁止を言いつけられる前、涼子はほんの二度だけだが、死期を変えることができたのだ。
「あのっ、狐山さんの明日のご予定は……!」
「なんです? 最後の一日に素敵な思い出でもくれるんですか」
皮肉と挑発が混じった目を向けられ一瞬たじろぐが、涼子は負けじと「実は……」と過去二回のことを話した。
涼子が告げた内容に、二人は目を丸くしていた。
◆
翌日、夕刻。執務室には昨日と同じ三人の姿があった。
部屋の空気も随分と安堵に満ちている。
「ありがとうございます、涼子さん。あなたがいなければ、今この場に私はいなかったでしょうから」
昨日とは違って、荊の声には温度が戻ってきていた。しかも、今までで一番温かい。
彼は先程、屋敷に帰ってきたばかりだ。
「ということは、やっぱり……」
「ええ。予想通り帰り道で襲われましたよ。あらかじめ徒衆を民に紛れ込ませていなかったらと思うと、肌に粟が生じますね」
物騒な言葉に昨日の惨状を思い出すが、昨日と違い、荊のシャツには血ひとつ飛んでいない。涼子は目に意識を集中させ、荊を見つめた。
視線に気付いた彼が、首を傾げて己の顔の横を指さす。
「数字はまだ見えますか」
ふっと涼子は表情を和らげ、首を横に振った。
「いえ、もう見えません」
彼の横に数字は浮かんでいなかった。
死期は可変なのだ。
それは昨日のこと――。
『実は、死期は変えられます』
そう告げれば、それまで諦念を滲ませていた二人の顔が、一瞬で希望を見せた。
『過去にたった二度ですが、死期の数字が変わった人がいました』
『それはどうやったんだ』
『本来とるはずだった行動と異なる行動をとれば、死期は変えられます』
幼い頃、数字が浮かんでいる者に対し、数字だけでなく『あと二日で死ぬよ』などと言っていた時期がある。
しかし、死期を過ぎても死ななかった者が二人いた。
後日、彼がまた屋敷を訪ねてきた時は驚いたものだ。男には質の悪い遊びはやめなさいと怒られてしまったが、涼子は男との会話から、なぜ彼が死ななかったのか知った。
男は死ぬのを恐れて予定をすべて断り、一日中布団に潜り込んでいのだとか。
幼い当時はわからなかったが、成長し思考力が身につくとなるほどと理解できた。
彼が何を原因として死ぬかはわからなかったが、死期を知らなければこの行動は起こりえなかった。本来とは違う行動を意識的にしたかどうかの差が、彼を生かしたのだろう。もうひとりも同じようなものだった。
死ぬと言われ、その当日にとる行動を変えていた。
他は死んだ者もいれば、どうなったかわからない者もおり、実例が二つのみというなんとも心許ない根拠ではあったが、尋も荊も真剣に話を聞いてくれた。
尋が腕組みしながら思案に視線を下げた。
『荊、明日の予定は』
『昼に、帝都で商売をするつもりだという商人を訪ねる予定で。挨拶と商売内容の説明をしたいということで、その者の屋敷まで。他は特に』
ピク、と尋の片眉が微動した。
『商人は誰かからの紹介か?』
『いえ。帝都もはじめてだという話ですが……』
『冬月一家の後ろ盾をって話だろうが……帝都ではじめて商売するにしちゃ、随分と手際がいいな』
瞬間、荊の顔に警戒が宿り、厳しいものになる。
『ひとりで訪ねるつもりでしたが、怪我をしていない徒衆を連れていきます』
『いや、動ける奴は全員連れて行け。今日の襲撃のこともあるし……見知らぬ輩からの突然の襲撃、そして、その翌日にお前は見知らぬ商人の屋敷に行く、と。偶然にしちゃ、ちょっと綺麗過ぎだな』
二人だけで進む冬月一家としての会話は、聞いている涼子のほうが緊張してしまうほど、言葉の端々にヒリついたものがあった。
『完全に信じたわけじゃないが……』
チラと尋の目がこちらへと向けられ、反射的に涼子は背筋を伸ばす。
『用心するに越したことはない。徒衆は民に紛れ込ませろ。わざわざ警戒してますなんて教えてやる必要もない』
こうして、荊は密かに徒衆に守られながら、約束の商人と会うこととなったのだ。



