2
数日後、屋敷には新たな住人が増えた。
「まあっ、さすがは本家ねえ。随分と立派なお屋敷に住んで羨ましいことだわ」
「ふんっ……まあ、本家当主の家族には相応しいな」
「わぁ! この洋風のお部屋素敵! ねえ、この部屋あたしが使ってもいいわよね」
晃の両親と妹が、楸家に引っ越してきたのだ。
「二人だけじゃ広すぎる屋敷だったし、父様も母様も好きな部屋を使いなよ」
彼のお願い事は、葛梨の家族と一緒に暮らしたいというものだった。確かに、結婚したといってもまだ一緒に住んで一ヶ月やそこらの妻よりも、二十年以上共にしてきた家族のほうが彼のことをよく知っているし、上手く支えられるだろう。
「これからは家族ですから、本当の両親のように思ってもらって構いませんからね、涼子さん」
「ありがとうございます、お義母様」
彼の負担を減らすのが最優先だったし、涼子はチクチクとする胸の痛みには気付かないふりをした。
しかし、日に日に涼子の胸の痛みは増していった。
「あら、こんな味付け晃さんは食べませんよ。貸しなさい、私が作ります。まったく母親がいないから、まともな料理も食べてきてないのね」
夕飯にと作っていた魚の煮付けは、義母の手によってあっという間に流しに捨てられた。
「本当、使えない嫁ね。暇ならお父さんの部屋でも掃除してきてくださいな」
「はい」と涼子は大人しく台所を離れ、屋敷の西側にある和室へと向かった。
和室はかつて父が過ごしていた部屋だが、今は義父が使用している。
「お義父様、失礼します」と軽くノックして障子を開けたのだが、開いた先に広がっていた光景に涼子はぎょっとした。父が使っていた頃の面影が、跡形もなかった。かつては机の端には本がきちっと背の順で並び、棚の上には骨董品店で買った小さな陶器人形や籃胎漆器の花瓶が整然と置かれ、品良く纏められていたというのに、今は新聞や裏返った本が畳の上に散らばり、棚の上は目に付いた物を乗せただけというように統一感がなく、部屋は煙草の吸えた匂いが充満していた。
思わず、「うっ」と着物の袂で鼻を覆ってしまう。
「ああ、涼子さん。ちょうど良かった」
義父は吸い殻が山になった灰皿を「これ」とだけ言って、一瞥もくれず涼子へと差し出した。灰が風に散らばろうと、義父は少しも気にした様子はない。片付けろということなのだろう。そして、涼子が灰皿を受け取ると、義父は「少し出掛けてくるか」と部屋を出て行ってしまった。
灰皿を片付けた後、義父がいない間にと涼子は、部屋の掃除と片付けも終わらせた。しかし、片付けても以前と同じ部屋にはならなかった。長居したくなくて、涼子は台所へと戻ることとした。義母に晃の好きな味というものを教わらなければ。
すると、玄関から「ただいま」という晃の声が聞こえてきた。ほっと心が緩み、自然と足が方向を変えて玄関へと向かう。
「お帰りなさい、晃さ――痛ッ」
「お帰りなさーい、兄様!」
予想していなかったところに、いきなりドンッと肩に衝撃を受け、涼子は膝をついてしまった。ジンジンと痛む肩を押さえ顔を上げれば、晃の妹である百合子が、玄関に立つ晃に抱きついていた。ぶつかった相手は彼女だったようだ。
微笑みながら、腕に抱きつく百合子の頭を撫でる晃を見て、涼子は『そういえば彼の笑った顔を最後に見たのはいつだっただろう』と、目の前の幸せそのものの光景を呆然と眺めていた。
「あら、義姉さん。いたの?」
「そんなところで何をしているんだ、涼子」
玄関を上がってきて、そこではじめて気付きましたといった様子だった。涼子は「なんでも」と笑顔を作ると、何事もなかったように静かに台所へと戻った。
それから、皆で一緒に卓を囲み、義母が作った夕飯を食べる。
父が生きていた頃は二人だけだったから、たくさんの家族で食卓を囲むのは夢だった。しかし今、五人で食卓を囲んでいるのに、二人で食べていた時より寂しかった。
屋敷は賑やかなのに、少しずつ涼子は取り残されているような思いを抱えるようになっていった。
「えっ、佐伯侯爵様の治療依頼!? 行く行く! あたしが行く!」
神祇省には、中央政府経由で治療依頼が入る。父が当主をしていた頃は、先方の容態次第でどの分家に振るか差配していた。特定の分家に偏らないよう、権力と癒着しないように注意を払っていると聞いたことがあった。しかし、晃は有力家からの依頼はすべて身内で処理していた。百合子など、相手が美男という噂のある者の時は、必ず自分が治療すると言った。
一度、あまり身内ばかりを差配すると、他の分家から批難されるとやんわりと注意したことがあったのだが、「何もできない涼子は黙っていてくれ」と言われてしまった。確かに、治癒の力のない自分に口を出されるのは、嫌だったかもしれない。おかげで、それ以降は晃に避けられるようになった。
涼子が使っていた洋室は百合子のものとなり、父が「若い子は、こういったふわふわした寝床が好きだと聞いてね」と買ってくれたベッドも彼女が使っていた。義母の箪笥には高価そうな着物がぎっしりと詰まり、義父の部屋には見慣れない置物が増えていった。
反対に、蔵の中の物は半分ほどに減っていた。
滅多に出入りしないから、気付かなかった。形見としてとっておいた父の着物や帽子、陶器人形や籃胎漆器の花瓶もなくなっていた。
「うそっ!? 扇子が……お父様の扇子がない……っ」
いつも父が腰に差して大切にしていた扇子が、どこにもなかった。金飾りで装飾され持ち手には家紋が彫られた、この世にひとつしかない扇子が。父が『涼子、いつかこれをお前にあげようね』と言っていた扇子が。
見ると父を思い出して悲しくなるから、まだ……と保管していたのに。
手荒く荷物を漁る視界が、涙で滲んでいく。
「涼子」
涼子の背中に声がかかった。誰だか声でわかる。振り向いた先には、予想通り、夫が立っていた。
「あ、晃さん?」
久しぶりに言葉を交わした。涼子はそっと涙を拭って、「どうしたの」と蔵を出る。
「たまには二人きりで出掛けようか」
あの頃――恋人だった頃を思い出させる晃の優しい笑顔に、涼子は表情を輝かせ頷いた。
◆
洋風の建物が並ぶ帝都の中心部からやや離れた、まだ和風家屋が多く残る地区。瓦屋根の頑健な門の白壁にぐるりと囲まれた中に、冬月一家の屋敷はあった。
一見すると、どこかの富豪の家のように思われがちだが、そういった浮ついた雰囲気は一切ない。
「尋、少々お耳に入れたいことが」
「なんだ、荊」
側近の荊に呼ばれ、ソファに寝転がって紫煙をくゆらせていた男――尋はゆっくりと上体を起こした。短い黒髪がさらりと顔にかかり、尋は煩わしそうに髪を掻き上げる。下から現れた切れ長の目。流し目で荊を捉える様子には色気がまとわりつくが、向ける黒瞳に甘さは一切ない。一切光が射さぬ冬の湖底を思わせる瞳は、長年側近として共にいる荊ですらゾクリとするほど冷たい。
冬月尋は、帝都の裏世界を力で牛耳り、夜を掌握する極道家――冬月一家の当主である。
冬月一家の恐ろしさは、今や裏だけでなく表の世界の者達ですら耳にするほどであった。特に、『数年前に代替わりして当主になった男は、目的のためなら手段を選ばない冷酷非道だ』とすら噂されている。
「スーツのまま寝転がりますと皺がつきますよ」
「お前は俺の母親か」
吸いかけの煙草を灰皿にギュッと押し付けると、尋はわざとらしいため息を吐いて目で『話せ』と先を促す。尋の耳元に荊が口を寄せる。
「今夜の例の骨董品店でのオークションですが、出品される品目に急遽『神祇省家の娘』というものが追加されたと」
気怠げに細められていた尋の目が、一瞬にして見開いた。
「神祇省だと」
滅多に驚くことのない尋が声を荒げたことに荊はやや驚いたが、しかし、それもそうだろうと納得し「はい」と静かに首肯した。
「さすがに異能持ちが売られるとは、ただ事じゃありませんよ」
「ただ事じゃないから、闇オークションに出てるんだろ」
人間が競売に掛けられるだけでも珍しいのに、それが治癒持ちの人間となれば珍しいどころの騒ぎではない。確かに、表では絶対に出せないものが売られ、買うことができる、それが闇オークションなのだが、さすがにこれは異例だろう。
「……そういえば先月くらいに、奴が神祇省周りを嗅ぎ回っている妙な輩がいるとかなんとか言って……」
ぼそりと呟き、尋は口元を覆い視線を伏せた。記憶を辿っているのだろう。
しかし、思案はほんの僅かなものだった。どのような答えを出したのか、視線を上げた彼は小さく首を横に振った。
「今夜の競売はさぞ賑わうだろうな。治癒の力を個人で保有できれば、どんなことでもできる。良いことも……」
「悪いことも」と、尋は片口をニヤとつり上げた。
「荊、手配しろ。うちも参加する」
「そう言うかと思って、すでに席は押さえてあります」
「上出来だ」
物欲がない尋は、今まで闇オークションにどんな品が出ても、興味を示してこなかったというのに。それだけ、神祇省の娘というのは魅力的なものなのだろう。
「梅爺も歳には敵わないからな。手元に治癒の力があれば、梅爺の負担も減るだろ」
なるほど、彼の代替ということであれば、神祇省の娘は是非ともほしい。
梅爺というのは、冬月一家が頼りにしている闇医者である。金さえ払えば、事情など聞かずしっかりと治療だけをしてくれる。口も堅く先代からずっと世話になっているのだが、近頃は歳のこともあり、夜など急な治療は厳しくなってきていたところだ。
「では、資金の準備をしてきます。上限額はいくらにしましょうか」
「上限? そんなもの要るか」
尋は鼻で笑った。
「いくらかかろうと構うものか。誰にも渡さん」
数日後、屋敷には新たな住人が増えた。
「まあっ、さすがは本家ねえ。随分と立派なお屋敷に住んで羨ましいことだわ」
「ふんっ……まあ、本家当主の家族には相応しいな」
「わぁ! この洋風のお部屋素敵! ねえ、この部屋あたしが使ってもいいわよね」
晃の両親と妹が、楸家に引っ越してきたのだ。
「二人だけじゃ広すぎる屋敷だったし、父様も母様も好きな部屋を使いなよ」
彼のお願い事は、葛梨の家族と一緒に暮らしたいというものだった。確かに、結婚したといってもまだ一緒に住んで一ヶ月やそこらの妻よりも、二十年以上共にしてきた家族のほうが彼のことをよく知っているし、上手く支えられるだろう。
「これからは家族ですから、本当の両親のように思ってもらって構いませんからね、涼子さん」
「ありがとうございます、お義母様」
彼の負担を減らすのが最優先だったし、涼子はチクチクとする胸の痛みには気付かないふりをした。
しかし、日に日に涼子の胸の痛みは増していった。
「あら、こんな味付け晃さんは食べませんよ。貸しなさい、私が作ります。まったく母親がいないから、まともな料理も食べてきてないのね」
夕飯にと作っていた魚の煮付けは、義母の手によってあっという間に流しに捨てられた。
「本当、使えない嫁ね。暇ならお父さんの部屋でも掃除してきてくださいな」
「はい」と涼子は大人しく台所を離れ、屋敷の西側にある和室へと向かった。
和室はかつて父が過ごしていた部屋だが、今は義父が使用している。
「お義父様、失礼します」と軽くノックして障子を開けたのだが、開いた先に広がっていた光景に涼子はぎょっとした。父が使っていた頃の面影が、跡形もなかった。かつては机の端には本がきちっと背の順で並び、棚の上には骨董品店で買った小さな陶器人形や籃胎漆器の花瓶が整然と置かれ、品良く纏められていたというのに、今は新聞や裏返った本が畳の上に散らばり、棚の上は目に付いた物を乗せただけというように統一感がなく、部屋は煙草の吸えた匂いが充満していた。
思わず、「うっ」と着物の袂で鼻を覆ってしまう。
「ああ、涼子さん。ちょうど良かった」
義父は吸い殻が山になった灰皿を「これ」とだけ言って、一瞥もくれず涼子へと差し出した。灰が風に散らばろうと、義父は少しも気にした様子はない。片付けろということなのだろう。そして、涼子が灰皿を受け取ると、義父は「少し出掛けてくるか」と部屋を出て行ってしまった。
灰皿を片付けた後、義父がいない間にと涼子は、部屋の掃除と片付けも終わらせた。しかし、片付けても以前と同じ部屋にはならなかった。長居したくなくて、涼子は台所へと戻ることとした。義母に晃の好きな味というものを教わらなければ。
すると、玄関から「ただいま」という晃の声が聞こえてきた。ほっと心が緩み、自然と足が方向を変えて玄関へと向かう。
「お帰りなさい、晃さ――痛ッ」
「お帰りなさーい、兄様!」
予想していなかったところに、いきなりドンッと肩に衝撃を受け、涼子は膝をついてしまった。ジンジンと痛む肩を押さえ顔を上げれば、晃の妹である百合子が、玄関に立つ晃に抱きついていた。ぶつかった相手は彼女だったようだ。
微笑みながら、腕に抱きつく百合子の頭を撫でる晃を見て、涼子は『そういえば彼の笑った顔を最後に見たのはいつだっただろう』と、目の前の幸せそのものの光景を呆然と眺めていた。
「あら、義姉さん。いたの?」
「そんなところで何をしているんだ、涼子」
玄関を上がってきて、そこではじめて気付きましたといった様子だった。涼子は「なんでも」と笑顔を作ると、何事もなかったように静かに台所へと戻った。
それから、皆で一緒に卓を囲み、義母が作った夕飯を食べる。
父が生きていた頃は二人だけだったから、たくさんの家族で食卓を囲むのは夢だった。しかし今、五人で食卓を囲んでいるのに、二人で食べていた時より寂しかった。
屋敷は賑やかなのに、少しずつ涼子は取り残されているような思いを抱えるようになっていった。
「えっ、佐伯侯爵様の治療依頼!? 行く行く! あたしが行く!」
神祇省には、中央政府経由で治療依頼が入る。父が当主をしていた頃は、先方の容態次第でどの分家に振るか差配していた。特定の分家に偏らないよう、権力と癒着しないように注意を払っていると聞いたことがあった。しかし、晃は有力家からの依頼はすべて身内で処理していた。百合子など、相手が美男という噂のある者の時は、必ず自分が治療すると言った。
一度、あまり身内ばかりを差配すると、他の分家から批難されるとやんわりと注意したことがあったのだが、「何もできない涼子は黙っていてくれ」と言われてしまった。確かに、治癒の力のない自分に口を出されるのは、嫌だったかもしれない。おかげで、それ以降は晃に避けられるようになった。
涼子が使っていた洋室は百合子のものとなり、父が「若い子は、こういったふわふわした寝床が好きだと聞いてね」と買ってくれたベッドも彼女が使っていた。義母の箪笥には高価そうな着物がぎっしりと詰まり、義父の部屋には見慣れない置物が増えていった。
反対に、蔵の中の物は半分ほどに減っていた。
滅多に出入りしないから、気付かなかった。形見としてとっておいた父の着物や帽子、陶器人形や籃胎漆器の花瓶もなくなっていた。
「うそっ!? 扇子が……お父様の扇子がない……っ」
いつも父が腰に差して大切にしていた扇子が、どこにもなかった。金飾りで装飾され持ち手には家紋が彫られた、この世にひとつしかない扇子が。父が『涼子、いつかこれをお前にあげようね』と言っていた扇子が。
見ると父を思い出して悲しくなるから、まだ……と保管していたのに。
手荒く荷物を漁る視界が、涙で滲んでいく。
「涼子」
涼子の背中に声がかかった。誰だか声でわかる。振り向いた先には、予想通り、夫が立っていた。
「あ、晃さん?」
久しぶりに言葉を交わした。涼子はそっと涙を拭って、「どうしたの」と蔵を出る。
「たまには二人きりで出掛けようか」
あの頃――恋人だった頃を思い出させる晃の優しい笑顔に、涼子は表情を輝かせ頷いた。
◆
洋風の建物が並ぶ帝都の中心部からやや離れた、まだ和風家屋が多く残る地区。瓦屋根の頑健な門の白壁にぐるりと囲まれた中に、冬月一家の屋敷はあった。
一見すると、どこかの富豪の家のように思われがちだが、そういった浮ついた雰囲気は一切ない。
「尋、少々お耳に入れたいことが」
「なんだ、荊」
側近の荊に呼ばれ、ソファに寝転がって紫煙をくゆらせていた男――尋はゆっくりと上体を起こした。短い黒髪がさらりと顔にかかり、尋は煩わしそうに髪を掻き上げる。下から現れた切れ長の目。流し目で荊を捉える様子には色気がまとわりつくが、向ける黒瞳に甘さは一切ない。一切光が射さぬ冬の湖底を思わせる瞳は、長年側近として共にいる荊ですらゾクリとするほど冷たい。
冬月尋は、帝都の裏世界を力で牛耳り、夜を掌握する極道家――冬月一家の当主である。
冬月一家の恐ろしさは、今や裏だけでなく表の世界の者達ですら耳にするほどであった。特に、『数年前に代替わりして当主になった男は、目的のためなら手段を選ばない冷酷非道だ』とすら噂されている。
「スーツのまま寝転がりますと皺がつきますよ」
「お前は俺の母親か」
吸いかけの煙草を灰皿にギュッと押し付けると、尋はわざとらしいため息を吐いて目で『話せ』と先を促す。尋の耳元に荊が口を寄せる。
「今夜の例の骨董品店でのオークションですが、出品される品目に急遽『神祇省家の娘』というものが追加されたと」
気怠げに細められていた尋の目が、一瞬にして見開いた。
「神祇省だと」
滅多に驚くことのない尋が声を荒げたことに荊はやや驚いたが、しかし、それもそうだろうと納得し「はい」と静かに首肯した。
「さすがに異能持ちが売られるとは、ただ事じゃありませんよ」
「ただ事じゃないから、闇オークションに出てるんだろ」
人間が競売に掛けられるだけでも珍しいのに、それが治癒持ちの人間となれば珍しいどころの騒ぎではない。確かに、表では絶対に出せないものが売られ、買うことができる、それが闇オークションなのだが、さすがにこれは異例だろう。
「……そういえば先月くらいに、奴が神祇省周りを嗅ぎ回っている妙な輩がいるとかなんとか言って……」
ぼそりと呟き、尋は口元を覆い視線を伏せた。記憶を辿っているのだろう。
しかし、思案はほんの僅かなものだった。どのような答えを出したのか、視線を上げた彼は小さく首を横に振った。
「今夜の競売はさぞ賑わうだろうな。治癒の力を個人で保有できれば、どんなことでもできる。良いことも……」
「悪いことも」と、尋は片口をニヤとつり上げた。
「荊、手配しろ。うちも参加する」
「そう言うかと思って、すでに席は押さえてあります」
「上出来だ」
物欲がない尋は、今まで闇オークションにどんな品が出ても、興味を示してこなかったというのに。それだけ、神祇省の娘というのは魅力的なものなのだろう。
「梅爺も歳には敵わないからな。手元に治癒の力があれば、梅爺の負担も減るだろ」
なるほど、彼の代替ということであれば、神祇省の娘は是非ともほしい。
梅爺というのは、冬月一家が頼りにしている闇医者である。金さえ払えば、事情など聞かずしっかりと治療だけをしてくれる。口も堅く先代からずっと世話になっているのだが、近頃は歳のこともあり、夜など急な治療は厳しくなってきていたところだ。
「では、資金の準備をしてきます。上限額はいくらにしましょうか」
「上限? そんなもの要るか」
尋は鼻で笑った。
「いくらかかろうと構うものか。誰にも渡さん」



