
日本人町を包囲するカラホムの軍勢は、日本の戦場とは全く異なる異様な威圧感を放っていた。
シャム兵たちの多くは、赤や紺の木綿で作られた腰布「パ・ヌン」を着け、筋骨隆々の裸体を晒している。
その浅黒い肌には、銃弾や刃を退けると信じられている精緻な護符の刺青が、呪詛のように刻まれていた。
彼らが手にするのは、東南アジア特有の緩やかに反った片刃刀や長柄の矛である。
象の背に跨る指揮官たちは、金細工が施された鳥兜を被り、腰には家系を象徴する短剣を差していた。
火縄銃を構える歩兵隊も混じるが、その主力は何と言っても「戦象」だ。
首の周りを鎖で補強し、牙の先に鉄の突起を装着した巨大な巨獣たちは、シャムの兵たちにとって動く要塞であり、日本人町を文字通り踏み潰すべき軍神の象徴であった。
その巨獣たちの頭上で、スペイン艦隊、デル・ロサリオ号から放たれた砲弾が、夜の赤土を破壊した。
衝撃で跳ね上がった瓦礫と土塊が、カラホム軍の頭上へ容赦なく降り注ぐ。
見たこともない凄まじい着弾音に、戦象たちが制御を失った。
巨体が折り重なり、逃げ場を失った自軍の歩兵をその足で踏み潰しながら、無秩序な後退が始まる。
「今だ、北門の柵を開けろ!」
レックの怒号が飛ぶ。
錆びた刀や火縄銃を握りしめた町人たちが、竹柵の隙間から一斉に外へと躍り出た。
彼らはもはや庄屋の番頭でも、算盤を弾く商人の顔でもない。
異国で築いた家と家族を焼かれまいとする、剥き出しの形相で敵に食らいつく。
ある者は転倒した敵兵を組み伏せ、ある者は折れた竹槍で象の脚を突き、慣れない引き金を引き、死に物狂いで防衛線を死守した。
その先頭を、煤けた鎧を軋ませたお滝が駆ける。
「――ここで仕留めなきゃ、町が焼かれちまうよ!」
お滝の槍が、戦象の陰に潜む敵兵の喉元を一刺しに貫いた。
一突きごとに彼女の足元には赤黒い血が飛び散り、かつての戦場を歩いた武家の女の気魄が夜を裂く。
レックは火見櫓を駆け降りた。
スペインの砲撃はあくまで一時的な目眩ましだ。
この混乱が収まれば、数で勝るカラホムの軍は陣営を立て直し、また押し寄せてくる。
その時、南側の開けた田畑の向こうから、激しい馬蹄の音と、こちらを鼓舞するような野太い咆哮が轟いた。
「待たせたなぁ、レック軍師どのぉ!」
南から北へ、日本人町の目抜き通りを突風のように駆け抜けてきたのは、山田長政だった。
続いて、歩兵隊長として殿を務めてきた重松蔵人と、騎兵隊を率いる河村権兵衛が、疲弊した馬を蹴立て、背中に“アユチヤ日本義勇隊”の紅白旗を纏い続いてきた。
長政の装束は無残に裂け、馬は白い泡を吐き、返り血は黒く変色していたが、その眼光だけは異様なほどに冴え渡っていた。
長政は馬を飛ばし、崩れかかった敵陣の中央へ真っ向から斬り込んだ。
馬を降り、お滝の横に並ぶと、襲いかかる敵兵を長刀で斬り伏せる。
「皆、よく持ちこたえた! 助太刀に戻ったぞ!」
その一声が、疲労困憊していた自衛団の空気を一変させた。
「長政様だ!」「長政様がお戻りだ!」
五助や長次郎たちが喉を枯らして叫ぶ。劣勢に傾いていた防衛戦は、この一軍の帰還によって、確かな「反撃」へと転じていった。
*
夜明け前。
カラホム軍は、狂乱した象を収容し、王宮の方角へと引き上げていった。
日本人町の外周には、折れた竹柵の残骸と、動かなくなった戦象の巨体が、生々しい戦いの跡を晒している。
生き残った安堵が町に広がる一方で、漂う硝煙の臭いが、これが終わりではないことを告げていた。
町会所の石段。
給仕の女が運んできた熱い日本茶が、四人の渇いた喉に沁みた。
落ち着きを取り戻した、長政、レック、お滝、そしてハナの四人は、立ち上る朝靄の中で一堂に会した。
「……長政様。カラホムの軍はすぐにまた町を襲うに違いありません」
レックが、手の甲に負った傷の痛みを堪えながら、血の付いた図面を広げた。
「ああ。日本人町が意外に手ごわいと知って、次なる戦略を練っているに違いない。次に来る時は、この程度の柵も鉄砲も敵わない手を使ってくるだろう」
長政は愛刀の脂を布で静かに拭い、鞘に収めた。
その目は、すでに次に襲来するカラホム軍の布陣を見据えている。
「カラホムは軍勢を整え、今度こそ我が町を火の海にするでしょう」
ハナはお滝の傍らに座り、母の傷ついた掌をそっと包み込んだ。
お滝は、遠く王宮へと続く道の先を、険しい目つきで睨みつけている。
「あのカラホムって男、あたしたちを殺すまで、ここを焼き払うまで止める気はないよ。次はもっとえげつない手で来るさ。……ああ、忌々しい」
東の空が白みはじめ、消えゆく闇が戦場の惨状を浮かび上がらせた
「不落」と称した象防柵は、初手の不意を突くための、一時凌ぎの策に過ぎなかった。
四人は、次の攻撃が町を地図から抹消するほどの規模になることを、声には出さずとも、肌を刺すような予感として感じ取っていた……。



