〇久遠の神域・玄関(2話続きから)
澪「……ここから……出して、いただけませんか」
震える声
久遠「どうして?」
首を傾げる
久遠「澪」
「君は命を投げ出そうとしていたじゃないか」
「そんな目に合わせる汚い地上になんて、帰せるわけがない」
澪「で、でも……」
「私は神子候補にも選ばれておりません」
「久遠様のお役に立てるようなことは、何一つ……」
久遠「そんなのいいよ」
即答
久遠「澪はここで」
「僕にただ愛されていればいい」
澪、言葉を失う
〇久遠の神域
澪(あれから何度試しても)
澪、屋敷の廊下を歩く
出口を探す
襖を開ける
その先には庭
しばらく歩く
振り返る
なぜか、また屋敷の前
澪「……え?」
別の日
澪、門を見つける
駆け寄る
門を開こうとする
びくともしない
澪「どうして……」
足元の影が揺れる
澪(外に出られることはなかった)
場面転換
影たちが着物を運んでくる
澪「また、新しいもの……」
澪「私に……?」
影たちが頷くように揺れる
澪「こんな立派な……」
恐る恐る袖を撫でる
場面転換
豪華な食卓
湯気の立つ料理
久遠「澪、これは?」
澪「……美味しいです」
久遠、嬉しそうに微笑む
場面転換
澪『ここは久遠様の神域。
久遠の望みが、そのまま世界の理になる場所』
縁側に座る澪
影たちが花を運んでくる
いつの間にか
澪の膝の上には小さな花冠が置かれている
澪「……私に?」
影たちは答えない
ただ、足元の影が静かに揺れた
澪「……ふふ」
思わず笑みが零れる
花冠を手に取る
不器用な作り
ところどころ花の向きもばらばら
澪「ありがとう」
そう呟く
返事はない
けれど縁側の影が、嬉しそうに揺れる
澪、花冠を胸に抱く
澪(ここは不思議な場所だ)
澪(怖いはずなのに)
澪(少しだけ……落ち着く)
静かな風が吹く
庭の花が揺れる
遠くでは久遠が書物を読んでいる
時折こちらを見ては微笑んでいる
澪、慌てて視線を逸らす
澪(本当に、不思議なお方)
澪『神。それも四柱。
本来なら遠くから拝むことしか許されない存在』
それなのに、久遠は当然のように隣にいる
当然のように名前を呼ぶ
当然のように優しくする
澪(どうして……)
胸の奥がざわつく
澪(どうして私なんだろう)
ふと
視線が庭の片隅に向く
供花に似た白い花
その瞬間、父と母の笑顔が脳裏をよぎる
澪「……っ」
握る手に力が入る
澪(お母様)
澪(お父様)
楽しげだった表情が曇る
澪(私)
澪(こんなところで、幸せになっていいのかな)
花冠を見つめる
綺麗な着物
温かい食事
優しい神
何もかも与えられている
けれど
澪(違う)
ぎゅっと花冠を握る
澪(このままここにいたら)
澪(忘れてはいけないものまで、失くしてしまう気がする)
澪、意を決したように立ち上がる
〇神域・庭
澪、久遠の元へ近づく
澪「……あの」
久遠「ん?」
久遠が振り返る
澪「やはり私を、ここから出していただけませんか」
久遠、微笑んだまま
澪「久遠様に救っていただいた命です」
「もう身を投げるような真似はいたしません」
「奉公にでも出て、慎ましく暮らしていこうと思っています」
久遠「まだそんなことを考えていたの」
笑顔のまま
けれど目だけが冷たい
久遠「言っただろう?」
「澪はここを出る必要はない」
澪「……現世には、両親の墓があるんです」
「私が守らないと」
久遠「……」
澪「それに」
「聞いたことがあります」
「神の神域に長く滞在した者は――人ではなくなる、と」
沈黙。
久遠は否定しない
久遠「それがどうしたの?」
ぞくり
澪の背筋が震える
久遠「当然のことだよ」
久遠「だって澪は」
そっと微笑む
久遠「僕の花嫁」
「――つまり愛し子なんだから」
澪「……っ」
息を呑む
澪(愛し子……?)
脳裏に浮かぶ
幼い頃
少女A「愛し子になれたら素敵よね」
少女B「だって神様の花嫁だもの!」
少女A「神様に一番大切にされるんでしょう?」
少女B「神子の中でも選ばれた人だけよ!」
澪(愛し子)
澪(神様が唯一選ぶ特別な存在)
澪(神様の花嫁)
澪(神子たちの憧れ)
澪(私には、一生縁のない話だと思っていた)
その時
ふわり
光が舞い降りる
澪「……?」
掌ほどの小さな光
蝶にも鳥にも見える
それは久遠の影の上へ降り立つ
じゅっ
影が音を立てて消える
久遠「……日輪か」
初めて、久遠の表情が曇る
澪「?」
光は久遠の前で止まる
久遠が指先で触れる
ぱあっと光が広がる
一通の文が現れる
久遠「……はぁ」
露骨なため息
澪「何かあったのですか?」
久遠「爺共がうるさくてね」
文を畳む
久遠「愛し子を見つけたなら正式な手続きを踏め、だって」
澪「正式な……?」
久遠「本当に面倒くさい」
久遠、心底嫌そうな顔
久遠「日輪も日輪だよ」
「なんでこんな橋渡しを引き受けるかな」
澪「日輪様……?」
澪、目を丸くする
澪(日輪様といえば、四柱の……)
久遠「まあいいか」
久遠、澪を見る
久遠「澪」
澪「はい」
久遠「そんなに外へ出たい?」
澪「……!」
思わず頷く
澪「は、はい!」
久遠「……そんなに素直に頷かれると、傷つくなぁ」
澪「す、すみません……」
久遠「謝らなくていいよ」
久遠「神に仕える人間が集まる場所がある」
澪「それって……」
久遠「神統学舎」
澪「!」
澪『神統学舎。
神子候補たちが集う場所
選ばれた者しか入れない学び舎』
澪「どうして、その名前を……」
久遠「君がそこへ行くから」
澪「え?」
久遠「正式に愛し子として認められるには」
「ここに通い、その資格があると認められなければいけない」
澪「わ、私……無理です」
澪、首を振る
顔色が悪い
澪「私は神子候補ですらありません!」
「そんな場所に通えるはずが……」
久遠「いいや」
即答
久遠「君は選ばれる」
久遠の瞳は揺るがない
久遠「この僕が認めた人なんだから」
澪「……どうして」
思わず零れる
澪「どうしてそこまで……」
久遠「……」
少しだけ目を細める
久遠「秘密」
澪「え?」
久遠「教えてあげない」
くすりと笑う
久遠「今はまだ、ね」
澪(本当に、分からない)
(どうしてこの方が私にこだわるのかも)
(どうして愛し子だと言い切るのかも)
久遠「本当はさ」
ぽつり
久遠「行かせたくない」
澪「……」
久遠「澪を誰の目にも晒したくない」
空気が変わる
久遠「ずっとここに閉じ込めていたい」
澪、息を呑む
澪の足元から、影がズズズ……と復活
久遠「いっそ」
影が澪の足首に絡みつく
久遠「全部黙らせて」
「このまま永遠を過ごすか」
久遠が手を差し出す
久遠「それとも」
「神統学舎へ行って」
「正式な称号を得ることに挑むか」
澪、唇を噛む
澪(分からない)
(でも)
(今、選べる道は――)
澪「……行きます」
久遠「……」
澪「私」
「神統学舎に通います」
久遠、静かに目を細める
〇神統学舎・正門
巨大な学び舎
和洋折衷の荘厳な建築
神統学舎入学式
看板
澪、門を見上げる
澪(ここが……神統学舎)
隣には久遠
澪「久遠様……」
久遠「緊張してる?」
澪、小さく頷く
久遠、くすりと笑う
そっと頭を撫でる
久遠「大丈夫」
澪、顔を上げる
久遠「迎えに来るよ」
澪、目を見開く
久遠「だから安心して」
澪「……はい」
大きな門が開く
澪、一歩踏み出す
澪(私の新しい人生が)
澪(今、始まる)
澪の背中を見つめる久遠
小さく呟く
久遠「もう、どこにも行かないでね」
澪「……ここから……出して、いただけませんか」
震える声
久遠「どうして?」
首を傾げる
久遠「澪」
「君は命を投げ出そうとしていたじゃないか」
「そんな目に合わせる汚い地上になんて、帰せるわけがない」
澪「で、でも……」
「私は神子候補にも選ばれておりません」
「久遠様のお役に立てるようなことは、何一つ……」
久遠「そんなのいいよ」
即答
久遠「澪はここで」
「僕にただ愛されていればいい」
澪、言葉を失う
〇久遠の神域
澪(あれから何度試しても)
澪、屋敷の廊下を歩く
出口を探す
襖を開ける
その先には庭
しばらく歩く
振り返る
なぜか、また屋敷の前
澪「……え?」
別の日
澪、門を見つける
駆け寄る
門を開こうとする
びくともしない
澪「どうして……」
足元の影が揺れる
澪(外に出られることはなかった)
場面転換
影たちが着物を運んでくる
澪「また、新しいもの……」
澪「私に……?」
影たちが頷くように揺れる
澪「こんな立派な……」
恐る恐る袖を撫でる
場面転換
豪華な食卓
湯気の立つ料理
久遠「澪、これは?」
澪「……美味しいです」
久遠、嬉しそうに微笑む
場面転換
澪『ここは久遠様の神域。
久遠の望みが、そのまま世界の理になる場所』
縁側に座る澪
影たちが花を運んでくる
いつの間にか
澪の膝の上には小さな花冠が置かれている
澪「……私に?」
影たちは答えない
ただ、足元の影が静かに揺れた
澪「……ふふ」
思わず笑みが零れる
花冠を手に取る
不器用な作り
ところどころ花の向きもばらばら
澪「ありがとう」
そう呟く
返事はない
けれど縁側の影が、嬉しそうに揺れる
澪、花冠を胸に抱く
澪(ここは不思議な場所だ)
澪(怖いはずなのに)
澪(少しだけ……落ち着く)
静かな風が吹く
庭の花が揺れる
遠くでは久遠が書物を読んでいる
時折こちらを見ては微笑んでいる
澪、慌てて視線を逸らす
澪(本当に、不思議なお方)
澪『神。それも四柱。
本来なら遠くから拝むことしか許されない存在』
それなのに、久遠は当然のように隣にいる
当然のように名前を呼ぶ
当然のように優しくする
澪(どうして……)
胸の奥がざわつく
澪(どうして私なんだろう)
ふと
視線が庭の片隅に向く
供花に似た白い花
その瞬間、父と母の笑顔が脳裏をよぎる
澪「……っ」
握る手に力が入る
澪(お母様)
澪(お父様)
楽しげだった表情が曇る
澪(私)
澪(こんなところで、幸せになっていいのかな)
花冠を見つめる
綺麗な着物
温かい食事
優しい神
何もかも与えられている
けれど
澪(違う)
ぎゅっと花冠を握る
澪(このままここにいたら)
澪(忘れてはいけないものまで、失くしてしまう気がする)
澪、意を決したように立ち上がる
〇神域・庭
澪、久遠の元へ近づく
澪「……あの」
久遠「ん?」
久遠が振り返る
澪「やはり私を、ここから出していただけませんか」
久遠、微笑んだまま
澪「久遠様に救っていただいた命です」
「もう身を投げるような真似はいたしません」
「奉公にでも出て、慎ましく暮らしていこうと思っています」
久遠「まだそんなことを考えていたの」
笑顔のまま
けれど目だけが冷たい
久遠「言っただろう?」
「澪はここを出る必要はない」
澪「……現世には、両親の墓があるんです」
「私が守らないと」
久遠「……」
澪「それに」
「聞いたことがあります」
「神の神域に長く滞在した者は――人ではなくなる、と」
沈黙。
久遠は否定しない
久遠「それがどうしたの?」
ぞくり
澪の背筋が震える
久遠「当然のことだよ」
久遠「だって澪は」
そっと微笑む
久遠「僕の花嫁」
「――つまり愛し子なんだから」
澪「……っ」
息を呑む
澪(愛し子……?)
脳裏に浮かぶ
幼い頃
少女A「愛し子になれたら素敵よね」
少女B「だって神様の花嫁だもの!」
少女A「神様に一番大切にされるんでしょう?」
少女B「神子の中でも選ばれた人だけよ!」
澪(愛し子)
澪(神様が唯一選ぶ特別な存在)
澪(神様の花嫁)
澪(神子たちの憧れ)
澪(私には、一生縁のない話だと思っていた)
その時
ふわり
光が舞い降りる
澪「……?」
掌ほどの小さな光
蝶にも鳥にも見える
それは久遠の影の上へ降り立つ
じゅっ
影が音を立てて消える
久遠「……日輪か」
初めて、久遠の表情が曇る
澪「?」
光は久遠の前で止まる
久遠が指先で触れる
ぱあっと光が広がる
一通の文が現れる
久遠「……はぁ」
露骨なため息
澪「何かあったのですか?」
久遠「爺共がうるさくてね」
文を畳む
久遠「愛し子を見つけたなら正式な手続きを踏め、だって」
澪「正式な……?」
久遠「本当に面倒くさい」
久遠、心底嫌そうな顔
久遠「日輪も日輪だよ」
「なんでこんな橋渡しを引き受けるかな」
澪「日輪様……?」
澪、目を丸くする
澪(日輪様といえば、四柱の……)
久遠「まあいいか」
久遠、澪を見る
久遠「澪」
澪「はい」
久遠「そんなに外へ出たい?」
澪「……!」
思わず頷く
澪「は、はい!」
久遠「……そんなに素直に頷かれると、傷つくなぁ」
澪「す、すみません……」
久遠「謝らなくていいよ」
久遠「神に仕える人間が集まる場所がある」
澪「それって……」
久遠「神統学舎」
澪「!」
澪『神統学舎。
神子候補たちが集う場所
選ばれた者しか入れない学び舎』
澪「どうして、その名前を……」
久遠「君がそこへ行くから」
澪「え?」
久遠「正式に愛し子として認められるには」
「ここに通い、その資格があると認められなければいけない」
澪「わ、私……無理です」
澪、首を振る
顔色が悪い
澪「私は神子候補ですらありません!」
「そんな場所に通えるはずが……」
久遠「いいや」
即答
久遠「君は選ばれる」
久遠の瞳は揺るがない
久遠「この僕が認めた人なんだから」
澪「……どうして」
思わず零れる
澪「どうしてそこまで……」
久遠「……」
少しだけ目を細める
久遠「秘密」
澪「え?」
久遠「教えてあげない」
くすりと笑う
久遠「今はまだ、ね」
澪(本当に、分からない)
(どうしてこの方が私にこだわるのかも)
(どうして愛し子だと言い切るのかも)
久遠「本当はさ」
ぽつり
久遠「行かせたくない」
澪「……」
久遠「澪を誰の目にも晒したくない」
空気が変わる
久遠「ずっとここに閉じ込めていたい」
澪、息を呑む
澪の足元から、影がズズズ……と復活
久遠「いっそ」
影が澪の足首に絡みつく
久遠「全部黙らせて」
「このまま永遠を過ごすか」
久遠が手を差し出す
久遠「それとも」
「神統学舎へ行って」
「正式な称号を得ることに挑むか」
澪、唇を噛む
澪(分からない)
(でも)
(今、選べる道は――)
澪「……行きます」
久遠「……」
澪「私」
「神統学舎に通います」
久遠、静かに目を細める
〇神統学舎・正門
巨大な学び舎
和洋折衷の荘厳な建築
神統学舎入学式
看板
澪、門を見上げる
澪(ここが……神統学舎)
隣には久遠
澪「久遠様……」
久遠「緊張してる?」
澪、小さく頷く
久遠、くすりと笑う
そっと頭を撫でる
久遠「大丈夫」
澪、顔を上げる
久遠「迎えに来るよ」
澪、目を見開く
久遠「だから安心して」
澪「……はい」
大きな門が開く
澪、一歩踏み出す
澪(私の新しい人生が)
澪(今、始まる)
澪の背中を見つめる久遠
小さく呟く
久遠「もう、どこにも行かないでね」


