〇実習場
周囲の視線
ざわざわ
甲組生徒「やっぱり……」
「神代が……」
紬「ちょっと待ってよ!」
前へ出る
紬「澪がそんなことするわけない!」
甲組生徒「でも最後に神具を使ったのは神代だろ」
紬「……っ。だって私たちは丙組だよ!?」
少し躊躇いつつ、澪を守ろうと口にする
紬「そんなことできる神力ないでしょ!?」
しん
空気が止まる
麗華、少し目を伏せる
麗華「神力が少ないことと」
「事故が起きないことは別です」
紬「なっ……!」
麗華「神力の制御を誤れば、暴走は起こり得ます」
麗華「違いますか?」
教師たちも否定できない
紬「でも!」
澪「紬」
紬、振り返る
澪は拳を握っていた
震えながら、しかし俯かず、顔を上げている
澪「違います」
静寂
澪「私はやっていません」
全員が固まる
澪「例え、過去になにがあったって」
「誰かを傷つけようなんて思っていません」
麗華、目を見開く
澪の目が、麗華を見据える
澪「証拠もないのに、決めつけないでください」
しん
麗華(……どうして?)
神代家では、どれだけ傷付けても、どれだけ侮辱しても
澪は黙っていた
俯いていた
麗華(それなのに)
今の澪は違う
澪「私は、やっていません」
ぶれない澪の瞳
麗華(澪のくせに……私に逆らうの?)
遠くから、渇が見ている
渇「いい」
渇「もっと見せろ」
教師神たちが点検している神具へ、見えざる黒い神力が入り込む
八雲「神具の損傷が妙だな」
天城も違和感
その時
ぴし
八雲「……?」
ひび割れた神具が、ぴしっ
再び亀裂
天城「待て」
ぴしぴしぴしっ
神具が光る
八雲「全員下がれ!!」
次の瞬間
どん!!!!!!
凄まじい衝撃
地面が揺れる
結界が吹き飛ぶ
生徒たち「きゃああっ!」
教師神たちが結界を張る
しかし
ばきっ
砕ける
天城「馬鹿な……!」
八雲「抑えきれん!」
神力の嵐
暴走は先ほどとは比べ物にならない
麗華「な……」
顔色が消える
麗華(何なの……これ……)
しかし目の前には、一人取り残された澪の姿
渦巻く神力
麗華(そうよ)
麗華「お前なんて……そのまま消えてしまえ!!」
澪「……っ!」
動けない
暴走した神力が迫る
八雲「神代……っ」
紬「澪ーーっ」
死
その言葉が澪の脳裏をよぎる
その瞬間
――光
柔らかな陽だまり
影たちが楽しそうに揺れている
幼い少女の笑い声
幼い澪「見て!」
小さな手
影たちが嬉しそうに集まる
幼い澪「ありがとう!」
影たちが揺れる
優しい空気
頭を撫でる手
???「澪」
澪(この夢……)
14話で見た景色
けれど、今度は終わらない
景色がさらに広がっていく
――森
幼い澪一人
幼い澪「ここどこ……?」
不安そうな顔
見たことのない場所
迷子になって泣きそうになっている
その時、影が揺れる
幼い澪「……?」
影たちが集まってくる
不思議そうに見つめる澪
そして、その向こう
夕暮れの光の中に立つ人影
黒に近い銀髪
静かな銀灰色の瞳
夕暮れの影をまとった神
――久遠
久遠「迷子?」
優しい声
幼い澪はぽかんと見上げる
久遠「泣いてる」
幼い澪「……泣いてないもん」
久遠「そう」
少しだけ笑う
その瞬間
記憶が溢れ出す
【回想】
影たちと遊んだ日々
一緒に過ごした時間
優しく頭を撫でてくれたこと
毎日
毎日
神域で笑っていたこと
景色が変わる
夕暮れの神域
幼い澪「あのね!」
久遠の隣へ座る
幼い澪「もうすぐお誕生日なんだ!」
久遠「誕生日?」
幼い澪「うん!」
嬉しそうに指を折る
幼い澪「七つになるの!」
満面の笑顔
幼い澪「七つになったらね」
「お母さんが新しい着物を買ってくれるんだって!」
久遠「そう」
微かに微笑む
しかし、どこか寂しそう
また、景色が変わる
夕焼けに赤く染まる神域
幼い澪「どうして?」
「どうして……もうここには来ちゃいけないの?」
澪が久遠にすがる
久遠「澪はもうすぐ七つになるから」
幼い澪「七つになるとダメなの?」
久遠「七つまでに神域へ迷い込んだ人間は」
「選ばなきゃいけない」
幼い澪「何を?」
久遠「人として生きるか」
「神の眷属としてこちらに残るか」
幼い澪、目を見開く
両親「澪」
思い出すのは両親の姿
澪「そうしたら……お父さんとお母さんとはもう、住めなくなるの?」
久遠「……うん」
澪は俯いて、しばらく考える
幼い澪「わたし……お父さんとお母さんと、離れたくない」
久遠「……」
幼い澪「……だから……」
幼い澪「ここには、残れない」
静寂
影たちも寂しそうに揺れる
幼い澪「でも」
じわりと涙が滲む
幼い澪「久遠様と離れたくない……」
幼い澪「もう会えないなんて、いやだよ」
久遠の瞳が揺れる
久遠「……澪」
優しく抱き寄せる
久遠「大丈夫。
現世に戻れば、ここでの記憶は消える」
幼い澪「忘れ……ちゃうの?」
「影たちのことも? たくさんお話したり遊んだり、それに……」
「久遠様のことも、忘れちゃうの……?」
久遠「……そうだよ」
「だから君は、これまで通り生きていけばいい」
澪、泣きながら首を振る
幼い澪「忘れたくない」
久遠「忘れなきゃいけない」
幼い澪「やだ……」
涙が零れる
久遠「もし」
幼い澪が顔を上げる
久遠「いつか澪が、その世界を捨てたいと願うなら」
静かな声
でも、何より真剣な瞳
久遠「迎えに行く」
幼い澪「約束?」
久遠「約束」
小さな指切り
夕暮れ
影たちが二人を囲む
【回想終了】
――記憶が繋がる
澪「あ……」
全部思い出す
神域。影たち。久遠。約束。
絶望に身を投げたあの日(一話)
闇の中、久遠が現れたこと
思い出す
久遠が本当に、迎えに来てくれたことを
澪「そうだ……」
涙が溢れる
澪「久遠様は……」
暴走する神力
その中心で、澪はただ、涙を流しながら前を見ていた
その瞬間
地面を影が走る
ざわり
まるで夜が溢れ出したように
実習場全体を黒い影が覆う
生徒たち「……!」
天城「……っ」
八雲「この神力は……」
空気が変わる
神力そのものが押し潰されるような圧
誰も動けない
暴走していた神力がぴたりと止まる
そして、影の中心から
一人の神が現れる
黒に近い銀髪
静かな銀灰色の瞳
夜そのものを纏った存在
――影神・久遠
生徒たちが息を呑む
甲組生徒「か……影神様……」
教師神たちですら言葉を失う
久遠は誰も見ていない
ただ一人、澪だけを見ていた
久遠「澪」
昔と同じ、その声
澪の涙が零れる
久遠「迎えに来たよ」
澪の瞳から涙が零れる
澪「……久遠様」
久遠はゆっくりと手を伸ばす
暴走する神力
その全てを影が音もなく飲み込んでいく
澪「……思い、出しました……」
震える声
澪「全部……」
久遠の瞳が僅かに揺れる
澪「約束も」
「神域で過ごしたことも」
「影たちのことも」
「全部……」
ぽろぽろと涙が零れる
澪「忘れてしまっていて」「ごめんなさい……」
久遠はしばらく黙る
そして、そっと澪の頭に手を置く
昔と同じように、優しく
久遠「謝らなくていい」
澪「……」
久遠「澪は約束を忘れたんじゃない」
静かな声
久遠「僕が忘れさせた」
澪の瞳が揺れる
久遠「だから」
少しだけ微笑む
久遠「今、思い出してくれただけで十分だ」
澪の涙が溢れる
久遠「それに」
久遠がしゃがみ込む
目線を合わせる。昔と同じように
久遠「約束通りだろう?」
澪「……はい」
涙混じりの笑顔
久遠はそっと澪を抱き寄せる
久遠「……やっと」
久遠「もう一度、会えた」
「だから」
甘さと執着の入り混じった静かな声が、耳元で響く
久遠「もう辛い思いもしなくていい」
久遠「苦しい思いもしなくていい」
澪の瞳が揺れる
久遠「澪の望みは」
そっと頬に触れる
久遠「僕が全部叶えてあげるから」
優しい誘い
澪(昔の私なら)(迷わなかったかもしれない)
何もかも捨てて、久遠の隣へ逃げていたかもしれない
澪(でも――)
澪の脳裏に浮かぶ
紬
朔
八雲
学舎で過ごした日々
初めて出来た友人
初めて自分で選んだ未来
澪「私……」
久遠が静かに待つ
澪(愛し子になれるかは、まだ分からない)
(でも)
はっきりと、久遠を見つめ返す
澪「もっと強くなりたい」
久遠の瞳が少しだけ見開かれる
澪「堂々と」
「久遠様の隣に立てるようになりたい」
静かな実習場
誰も口を挟まない
澪「誰かに人生を決められるんじゃなくて」
澪「自分の意志で、選びたい」
澪「そのために」
澪「ここで認められたい。
だから私――」
澪「神子になります」
しん
久遠、少し目を見開く
そして、ふっと笑う
本当に嬉しそうに
こつん、と澪におでこをくっつける
久遠「うん」
久遠「待ってる」
澪「……はい!」
涙を拭う
もう俯いていない
澪(もう、二度と命を投げ出したりしない)
(――私は、ここで生きていく)
〇女子寮
麗華、一人
静かな部屋
脳裏に焼き付いて離れない
澪を抱き寄せる久遠の姿
『迎えに来た』
『待ってる』
耳から離れない
麗華「……」
唇を強く噛み締める
じわり
鉄の味が広がる
気付けば唇から血が滲んでいた
痛い
でも、それ以上に苦しい
麗華(どうして。どうしてあの女なの)
何度も繰り返す
澪の顔
久遠の顔
澪の笑顔
久遠の眼差し
麗華「違う……」
ぽつり
麗華「違う」
首を振る
まるで何かを振り払うように
麗華「違う」
けれど消えない
脳裏に焼き付いている
澪
澪
澪
麗華「……羨ましい」
唇が震える
麗華「妬ましい」
胸が焼ける
そして、ゆっくりと口元が歪む。
麗華「――消えてしまえばよかったのに」
静かな声
自分でも驚くほど自然に零れた
しん
麗華は目を見開く
今、自分が何を言ったのか
分かっている
分かっているのに
麗華「……ふふ」
笑みが漏れる
麗華「そうね」
瞳の奥に暗い熱が灯る
麗華「欲しい」
麗華「全部」
久遠も
愛し子の座も
あの眼差しも
澪が手に入れたもの全て
麗華「私のものにしたい」
〇闇の中
その様子を見つめる影
四柱——禍神・渇
くつり
愉しげに笑う
渇「いい目だ」
喝「その飢え」
麗華の瞳を思い出す
渇「その欲望」
黒い瞳が細められる
渇「気に入った」
一歩、闇の奥へ
渇「――神代麗華」
渇「手伝ってやろう」
周囲の視線
ざわざわ
甲組生徒「やっぱり……」
「神代が……」
紬「ちょっと待ってよ!」
前へ出る
紬「澪がそんなことするわけない!」
甲組生徒「でも最後に神具を使ったのは神代だろ」
紬「……っ。だって私たちは丙組だよ!?」
少し躊躇いつつ、澪を守ろうと口にする
紬「そんなことできる神力ないでしょ!?」
しん
空気が止まる
麗華、少し目を伏せる
麗華「神力が少ないことと」
「事故が起きないことは別です」
紬「なっ……!」
麗華「神力の制御を誤れば、暴走は起こり得ます」
麗華「違いますか?」
教師たちも否定できない
紬「でも!」
澪「紬」
紬、振り返る
澪は拳を握っていた
震えながら、しかし俯かず、顔を上げている
澪「違います」
静寂
澪「私はやっていません」
全員が固まる
澪「例え、過去になにがあったって」
「誰かを傷つけようなんて思っていません」
麗華、目を見開く
澪の目が、麗華を見据える
澪「証拠もないのに、決めつけないでください」
しん
麗華(……どうして?)
神代家では、どれだけ傷付けても、どれだけ侮辱しても
澪は黙っていた
俯いていた
麗華(それなのに)
今の澪は違う
澪「私は、やっていません」
ぶれない澪の瞳
麗華(澪のくせに……私に逆らうの?)
遠くから、渇が見ている
渇「いい」
渇「もっと見せろ」
教師神たちが点検している神具へ、見えざる黒い神力が入り込む
八雲「神具の損傷が妙だな」
天城も違和感
その時
ぴし
八雲「……?」
ひび割れた神具が、ぴしっ
再び亀裂
天城「待て」
ぴしぴしぴしっ
神具が光る
八雲「全員下がれ!!」
次の瞬間
どん!!!!!!
凄まじい衝撃
地面が揺れる
結界が吹き飛ぶ
生徒たち「きゃああっ!」
教師神たちが結界を張る
しかし
ばきっ
砕ける
天城「馬鹿な……!」
八雲「抑えきれん!」
神力の嵐
暴走は先ほどとは比べ物にならない
麗華「な……」
顔色が消える
麗華(何なの……これ……)
しかし目の前には、一人取り残された澪の姿
渦巻く神力
麗華(そうよ)
麗華「お前なんて……そのまま消えてしまえ!!」
澪「……っ!」
動けない
暴走した神力が迫る
八雲「神代……っ」
紬「澪ーーっ」
死
その言葉が澪の脳裏をよぎる
その瞬間
――光
柔らかな陽だまり
影たちが楽しそうに揺れている
幼い少女の笑い声
幼い澪「見て!」
小さな手
影たちが嬉しそうに集まる
幼い澪「ありがとう!」
影たちが揺れる
優しい空気
頭を撫でる手
???「澪」
澪(この夢……)
14話で見た景色
けれど、今度は終わらない
景色がさらに広がっていく
――森
幼い澪一人
幼い澪「ここどこ……?」
不安そうな顔
見たことのない場所
迷子になって泣きそうになっている
その時、影が揺れる
幼い澪「……?」
影たちが集まってくる
不思議そうに見つめる澪
そして、その向こう
夕暮れの光の中に立つ人影
黒に近い銀髪
静かな銀灰色の瞳
夕暮れの影をまとった神
――久遠
久遠「迷子?」
優しい声
幼い澪はぽかんと見上げる
久遠「泣いてる」
幼い澪「……泣いてないもん」
久遠「そう」
少しだけ笑う
その瞬間
記憶が溢れ出す
【回想】
影たちと遊んだ日々
一緒に過ごした時間
優しく頭を撫でてくれたこと
毎日
毎日
神域で笑っていたこと
景色が変わる
夕暮れの神域
幼い澪「あのね!」
久遠の隣へ座る
幼い澪「もうすぐお誕生日なんだ!」
久遠「誕生日?」
幼い澪「うん!」
嬉しそうに指を折る
幼い澪「七つになるの!」
満面の笑顔
幼い澪「七つになったらね」
「お母さんが新しい着物を買ってくれるんだって!」
久遠「そう」
微かに微笑む
しかし、どこか寂しそう
また、景色が変わる
夕焼けに赤く染まる神域
幼い澪「どうして?」
「どうして……もうここには来ちゃいけないの?」
澪が久遠にすがる
久遠「澪はもうすぐ七つになるから」
幼い澪「七つになるとダメなの?」
久遠「七つまでに神域へ迷い込んだ人間は」
「選ばなきゃいけない」
幼い澪「何を?」
久遠「人として生きるか」
「神の眷属としてこちらに残るか」
幼い澪、目を見開く
両親「澪」
思い出すのは両親の姿
澪「そうしたら……お父さんとお母さんとはもう、住めなくなるの?」
久遠「……うん」
澪は俯いて、しばらく考える
幼い澪「わたし……お父さんとお母さんと、離れたくない」
久遠「……」
幼い澪「……だから……」
幼い澪「ここには、残れない」
静寂
影たちも寂しそうに揺れる
幼い澪「でも」
じわりと涙が滲む
幼い澪「久遠様と離れたくない……」
幼い澪「もう会えないなんて、いやだよ」
久遠の瞳が揺れる
久遠「……澪」
優しく抱き寄せる
久遠「大丈夫。
現世に戻れば、ここでの記憶は消える」
幼い澪「忘れ……ちゃうの?」
「影たちのことも? たくさんお話したり遊んだり、それに……」
「久遠様のことも、忘れちゃうの……?」
久遠「……そうだよ」
「だから君は、これまで通り生きていけばいい」
澪、泣きながら首を振る
幼い澪「忘れたくない」
久遠「忘れなきゃいけない」
幼い澪「やだ……」
涙が零れる
久遠「もし」
幼い澪が顔を上げる
久遠「いつか澪が、その世界を捨てたいと願うなら」
静かな声
でも、何より真剣な瞳
久遠「迎えに行く」
幼い澪「約束?」
久遠「約束」
小さな指切り
夕暮れ
影たちが二人を囲む
【回想終了】
――記憶が繋がる
澪「あ……」
全部思い出す
神域。影たち。久遠。約束。
絶望に身を投げたあの日(一話)
闇の中、久遠が現れたこと
思い出す
久遠が本当に、迎えに来てくれたことを
澪「そうだ……」
涙が溢れる
澪「久遠様は……」
暴走する神力
その中心で、澪はただ、涙を流しながら前を見ていた
その瞬間
地面を影が走る
ざわり
まるで夜が溢れ出したように
実習場全体を黒い影が覆う
生徒たち「……!」
天城「……っ」
八雲「この神力は……」
空気が変わる
神力そのものが押し潰されるような圧
誰も動けない
暴走していた神力がぴたりと止まる
そして、影の中心から
一人の神が現れる
黒に近い銀髪
静かな銀灰色の瞳
夜そのものを纏った存在
――影神・久遠
生徒たちが息を呑む
甲組生徒「か……影神様……」
教師神たちですら言葉を失う
久遠は誰も見ていない
ただ一人、澪だけを見ていた
久遠「澪」
昔と同じ、その声
澪の涙が零れる
久遠「迎えに来たよ」
澪の瞳から涙が零れる
澪「……久遠様」
久遠はゆっくりと手を伸ばす
暴走する神力
その全てを影が音もなく飲み込んでいく
澪「……思い、出しました……」
震える声
澪「全部……」
久遠の瞳が僅かに揺れる
澪「約束も」
「神域で過ごしたことも」
「影たちのことも」
「全部……」
ぽろぽろと涙が零れる
澪「忘れてしまっていて」「ごめんなさい……」
久遠はしばらく黙る
そして、そっと澪の頭に手を置く
昔と同じように、優しく
久遠「謝らなくていい」
澪「……」
久遠「澪は約束を忘れたんじゃない」
静かな声
久遠「僕が忘れさせた」
澪の瞳が揺れる
久遠「だから」
少しだけ微笑む
久遠「今、思い出してくれただけで十分だ」
澪の涙が溢れる
久遠「それに」
久遠がしゃがみ込む
目線を合わせる。昔と同じように
久遠「約束通りだろう?」
澪「……はい」
涙混じりの笑顔
久遠はそっと澪を抱き寄せる
久遠「……やっと」
久遠「もう一度、会えた」
「だから」
甘さと執着の入り混じった静かな声が、耳元で響く
久遠「もう辛い思いもしなくていい」
久遠「苦しい思いもしなくていい」
澪の瞳が揺れる
久遠「澪の望みは」
そっと頬に触れる
久遠「僕が全部叶えてあげるから」
優しい誘い
澪(昔の私なら)(迷わなかったかもしれない)
何もかも捨てて、久遠の隣へ逃げていたかもしれない
澪(でも――)
澪の脳裏に浮かぶ
紬
朔
八雲
学舎で過ごした日々
初めて出来た友人
初めて自分で選んだ未来
澪「私……」
久遠が静かに待つ
澪(愛し子になれるかは、まだ分からない)
(でも)
はっきりと、久遠を見つめ返す
澪「もっと強くなりたい」
久遠の瞳が少しだけ見開かれる
澪「堂々と」
「久遠様の隣に立てるようになりたい」
静かな実習場
誰も口を挟まない
澪「誰かに人生を決められるんじゃなくて」
澪「自分の意志で、選びたい」
澪「そのために」
澪「ここで認められたい。
だから私――」
澪「神子になります」
しん
久遠、少し目を見開く
そして、ふっと笑う
本当に嬉しそうに
こつん、と澪におでこをくっつける
久遠「うん」
久遠「待ってる」
澪「……はい!」
涙を拭う
もう俯いていない
澪(もう、二度と命を投げ出したりしない)
(――私は、ここで生きていく)
〇女子寮
麗華、一人
静かな部屋
脳裏に焼き付いて離れない
澪を抱き寄せる久遠の姿
『迎えに来た』
『待ってる』
耳から離れない
麗華「……」
唇を強く噛み締める
じわり
鉄の味が広がる
気付けば唇から血が滲んでいた
痛い
でも、それ以上に苦しい
麗華(どうして。どうしてあの女なの)
何度も繰り返す
澪の顔
久遠の顔
澪の笑顔
久遠の眼差し
麗華「違う……」
ぽつり
麗華「違う」
首を振る
まるで何かを振り払うように
麗華「違う」
けれど消えない
脳裏に焼き付いている
澪
澪
澪
麗華「……羨ましい」
唇が震える
麗華「妬ましい」
胸が焼ける
そして、ゆっくりと口元が歪む。
麗華「――消えてしまえばよかったのに」
静かな声
自分でも驚くほど自然に零れた
しん
麗華は目を見開く
今、自分が何を言ったのか
分かっている
分かっているのに
麗華「……ふふ」
笑みが漏れる
麗華「そうね」
瞳の奥に暗い熱が灯る
麗華「欲しい」
麗華「全部」
久遠も
愛し子の座も
あの眼差しも
澪が手に入れたもの全て
麗華「私のものにしたい」
〇闇の中
その様子を見つめる影
四柱——禍神・渇
くつり
愉しげに笑う
渇「いい目だ」
喝「その飢え」
麗華の瞳を思い出す
渇「その欲望」
黒い瞳が細められる
渇「気に入った」
一歩、闇の奥へ
渇「――神代麗華」
渇「手伝ってやろう」


