影神様は私をとらえて逃がさない ~約束の花嫁~【マンガシナリオ】

〇橋の上・夜
土砂降りの雨
人気のない橋
古びた着物姿の少女――神代 澪(かみしろ みお)が、欄干に手をかけている
黒髪のセミロング
薄藤色の瞳
大人しそうで儚げな印象の少女
澪『――もう、疲れた』
雨に濡れた横顔
澪『頑張っても、意味なんてなかった』

〇神代家・食堂
広い食堂
叔父夫婦と、その娘・麗華(れいか)が食卓を囲んでいる。
その傍らに、召使のように立つ澪
義母「麗華ももうすぐ十六ね」
「あなたならきっと神子候補に選ばれるわ」
勝気な顔立ち
艶やかな黒髪と深紅の瞳
誰もが認める才色兼備——麗華が微笑む
麗華、勝ち気に笑う
麗華「あら、お母様」
「私は神子なんて下働きに収まるつもりはないわ」
麗華「私が目指すものは――愛し子よ」
義母「さすがね」
義父「それでこそ神代家の娘だ」
義母の視線が澪へ向く。
義母「それに比べて……」
澪、俯く
麗華、わざと湯呑みを倒す
お茶が畳へ広がる
麗華「あら」「こぼれちゃった」
麗華「早く拭いてくれる?」
澪「……はい」
澪、膝をついて畳を拭く
それを見下ろす麗華
麗華「選ばれない女は惨めね」
麗華「こんな風に這いつくばるしかないんだもの」
澪、黙ったまま
麗華「あなたのお父様とお母様も、きっと泣いてるわね」
澪、目を見開く
しかし何も言わない
唇を強く噛み締める

【回想】
澪『十歳の時、両親を亡くした』
山道
神社参拝の帰り
幼い澪が両親と手を繋いで歩いている
父「澪、転ぶなよ」
母「ふふ」
その時
ゴゴゴゴ……
山が鳴る
父「――っ!」
振り返る
崩れ落ちる土砂
父「澪!!」
母が澪を抱き寄せる
父が覆いかぶさる
幼い澪「きゃ……っ」
轟音と土砂

暗転
病室、白い天井
澪『土砂崩れによる事故だった』
ベッドの上の幼い澪
呆然
その手には、母の櫛
澪『私だけが生き残った』
澪『それから私は、叔父夫婦のいる神代家へ引き取られた』
【回想終了】

〇神代家・離れの部屋
薄暗い小部屋
澪が大切そうに櫛を握っている
澪「……お母様」
障子が開く
麗華「何それ」
澪「……っ」
麗華、迷いなく櫛を奪う
澪「それは……お母様の……!」
麗華「ふぅん」
光にかざす
麗華「古臭いわね」
麗華「これ、大事なの?」
澪「……」
麗華「ふふ」
麗華「なら――なくしたら困るわね」
麗華、背を向ける
澪「待って……!」

〇神代家・廊下
麗華を追いかける澪
澪「返して……ください……!」
廊下の先
暖炉の火が揺れている
麗華、立ち止まる
麗華「そんなに大事?」
澪「……っ」
一歩踏み出す
だが、義母の声が脳裏をよぎる
義母(回想)「拾ってやった恩も忘れて」
麗華(回想)「――私に逆らうの?」
過去の言葉と、目の前の麗華が重なる
澪、足を止める
澪「……めて……」
澪「……やめて、ください……」
麗華、櫛を暖炉へ放り込む
ぼっ
炎が燃え上がる
燃えていく櫛
澪「……あ……」
澪、その場に崩れ落ちる
麗華「大げさね」
麗華「そんなものに縋るから弱いのよ」
麗華「だから選ばれないの」
燃える炎
その光を映す澪の虚ろな瞳
澪(もう、何も残ってない)

〇橋の上・夜(冒頭続き)
濡れた石畳
人影はない
澪、ゆっくりと橋を歩く
澪『――もう、疲れた』
橋の中央
足を止める
欄干に手をかける
雨が強くなる
澪『頑張っても、意味なんてなかった』
断片的な記憶
・畳を拭く、ひどく荒れた澪の手
・麗華の笑み
・燃える櫛
・炎
澪、目を閉じる
澪『この世界には神がいる』
神社
祈る人々
神子の噂話をする街の人々
澪『人の信仰や自然、概念から生まれた高貴な存在高貴な存在で、人前にはほぼ現れない』
澪『そして神に仕える人間――神子』
澪『神子が輩出された家には富と名誉が約束される』
澪『十六を迎えると、素質ある者は神子候補として選ばれる』
澪『でも――』
澪、目を開く
澪『私は選ばれなかった』
土砂の崩れた事故現場。澪を庇った両親。幼い澪
澪『神様がいるなら――』
澪『どうして、あの時』
澪『助けてくれなかったの』
小さく息を吐く
澪「……さようなら」
澪『神様なんて、いない』
ふと
誰かの声が聞こえた気がした
???「――えに、行く」
澪「……?」
雨音に掻き消える
聞き間違い
そう思った
それなのに
胸が少しだけ痛んだ
澪、欄干を越える
一瞬だけ足が止まる
母の声
母「澪」
澪、目を閉じる
そして、身を投げた
雨の中
落下していく
音が消える
次の瞬間、一面に闇のような影が広がる
とぷん……っと澪の身体が沈んでいく
???「迎えに来たよ」
影が揺れる
その中心に、一人の男。
???「その命」「捨てるなら」
???「僕がもらってもいいよね?」
黒に近い銀髪
静かな銀灰色の瞳
影神――久遠(くおん)
落下する澪を抱き止める
澪「……だれ……」
澪『初めて会ったはずなのに』
澪『その声を、ずっと前から知っていたような気がした』
久遠、微笑む
久遠「まだ、終わらせない」
澪、意識を失う

〇久遠の領域・寝室
静かな部屋
和洋折衷の豪奢な寝室
ベッドの上で澪が目を覚ます
澪「……ここは……」
見慣れない天井
その時
床に落ちた影が、ゆらりと揺れた
澪「……っ!」
振り返る
そこには一人の男
――久遠
久遠「起きたんだ」
澪「あなたは……?」
久遠「君を拾った者だよ」
澪「拾った……?」
久遠、ゆっくり近づく
久遠「もう、帰る場所はないんだろう?」
澪、言葉に詰まる
神代家。麗華。燃える櫛
脳裏を過ぎる記憶
久遠「なら」
久遠「ここにいればいい」
ざわり
空気が揺れる
澪「……!」
思わず肩を震わせる
久遠は優しく微笑む
そして、そっと澪の手を取る
澪、反射的に手を引こうとする
けれど振りほどけない
久遠「ようこそ」
澪、目を見開く
久遠「僕の花嫁」