雨童の嫁入り~雨女と蔑まれた双子の姉は、龍神に唯一の花嫁として望まれる~

龍國。
雫は一人で水殿の回廊を歩いていた。

青白く光る水路。
水面に揺れる灯り。
見上げれば、水晶が天井から垂れ下がっている。

雫モノローグ「少しだけ歩くつもりだった」

けれど。
気が付けば同じような景色ばかり。
右を見ても、左を見ても。
見覚えのない場所。

雫「……あれ?ここ、どこ?」

雫は立ち止まると、気がつけば静かな雨が降り始める。

雫「また迷子……」

ため息を吐く。
遠くに東屋が見え、雫は雨宿りをしようとそこへ向かった。

屋根を叩く雨音。
雫は柱にもたれながら空を見る。

雫モノローグ「迷子になったのなんて久しぶりだ」

そう思った瞬間、幼い頃の記憶が蘇る。

家族旅行で訪れた、雨の観光地。
幼い雫と晴香は人混みではぐれてしまう。
泣きそうになりながら家族を探す。

雫「お母さん……?」
雫「お父さん……?」

遠くで聞こえる声。

母「晴香ー!?」
父「晴香はどこだ!」
母「もう!なんでこんな雨さえ降らなければ…」
父「だから言っただろ!?晴香だけ連れてこようって!」

やっと見つけた両親が呼ぶのは、妹の名前だけ。
そのことに気がついた幼い雫は、呆然と立ち尽くす。

雫モノローグ「そういえば」
雫モノローグ「私のことを、誰かが迎えに来てくれたことなんて……なかったな」

東屋。
雨音。
雫はしゃがみこみ、膝を抱える。

雫「……大丈夫。こんなの、慣れてる」

その時。

龍神「雫」
雫「!」

目線を上げると、雨の中。
龍神が傘を持って立っていた。

雫「龍神様……」
龍神「探したぞ」
雫「どうして?」
龍神「お前がいなくなった」
雫「それだけで?」
龍神「それだけで十分だ」

当然のように答えながら、龍神は東屋へ入る。

龍神「ここにきたのも、久方ぶりだ」

雫の肩に羽織をかける。

龍神「冷えていないか?」
雫「大丈夫です」
龍神「大丈夫ではない」
雫「……」
龍神「戻ろう」
雫「龍神様」
龍神「なんだ」
雫「私がいると雨が降ります」
龍神「そうだな。雨が降ったから、お前を見つけられた」
雫「……」
龍神「お前の雨は心地よい。私に居場所を教えてくれる」

雫は言葉を失う。

龍神「私をよい方向に導いてくれる雨だ」

今まで雨は嫌われる理由だった。
誰かに見つけてもらう理由になったことなど一度もない。

帰り道、龍神が傘を持ち、並んで歩く。
雨は静かに降り続いている。

雫「前にも……私を探したことがあるんですか」

龍神が足を止める。

龍神「ある」
雫「いつ?」
龍神「ずっと昔だ」
雫「それは……雨童を?」

龍神は答えない。

雫「私、なんですか?その雨童は」
龍神「今はまだ、無理に思い出さなくてよい」
雫「どうしてですか」
龍神「お前が」

龍神は少しだけ目を伏せる。

龍神「お前でなくなってしまう気がする」
雫「……?」
龍神「私は過去の誰かを取り戻したいわけではない」
雫「過去の……」
龍神「今ここにいるお前を傷つけたくない」

雫は困惑する。
けれど、龍神の表情だけは、とても真剣だった。

雫が消えて数日。
生姜と山葵の名産地として知られる潤野市では、例年では見られない干魃に見舞われていた。

生姜畑の土は乾き、山葵田の水量も目に見えて減っていた

農家「おかしいな」
農家「雨が降らん」
農家「この時期にこんなに降らないなんて」

ニュース画面。

『記録的少雨』
『生姜や山葵の生育に影響が懸念されています』
『潤野市では、例年を大きく下回る降水量』

町の人「そういや雨宮さんとこの娘さん、いなくなったんだっけ」
町の人「偶然だろ」
町の人「でも、あの子がいなくなってからじゃないか?」

【雨宮家】

テレビを見る母。父。晴香。
ニュースが流れている。

母「困るわね」
父「農家も大変だな」
母「本当に」

少し間。

母「あの子、どこへ行ったのかしら」
母「早く帰ってきてもらわないと」

晴香が顔を上げる。

晴香「……」

その夜。
ベランダから星空を見上げる。

晴香「お姉ちゃん……」

静かな風に髪の毛が揺れる。

「会いたいか」
晴香「!?」

声がする方に振り向くと、眼帯をした黒髪の男の姿が。
妖しく美しい笑みに晴香は息を呑む。

朱雀「姉を返してほしいか」
晴香「……あなたは……」
朱雀「私の名は朱雀。私なら姉を返してやれる」
晴香「返して……」
朱雀「本当に?」
晴香「え……?」
朱雀「羨ましかったのではないか?選ばれた姉が」
晴香「そんなこと……」
朱雀「ないと言い切れるか?」

晴香は黙る。

脳裏に浮かぶ。
雫を抱き上げた龍神。

龍神『私の雨嫁』

そう言って、慈しむような笑みを落としていた。
あんな表情、誰からも向けられたことなんてない。

朱雀「美しかっただろう?あの男は」

晴香の手が震える。

朱雀「思わなかったか?どうして姉なのだと」
晴香「そうよ……私は……ずっと頑張ってきたのに」

朱雀が微笑む。

朱雀「そうだろう。選ばれるべきだったのは、お前だ」

眼帯の奥。
金色の目が妖しく光る。
揺れる晴香の瞳。