都庁前署、深夜。
副社長・三浦陽介は、取調室の椅子に深く腰掛けたまま、腕を組んでいた。
怒りも動揺もない。ただ、疲れ切った顔だった。
「社長が死んで、一番得したのはあなたです」
山岸が言う。
「……得?あの男がいなくなっただけで、会社が楽になると思うか?」
「横領データも消えた」
三浦は鼻で笑った。
「消えてない。俺の頭の中には、まだ残ってる」
山岸は一瞬、言葉に詰まった。
「事件当日、十九時過ぎ。あなたはビル裏口で誰かと口論している」
「していたな」
「相手は誰です?」
三浦は少し考えてから言った。
「……経理の城戸だ」
「内容は?」
「横領の責任を、どっちが被るかで揉めてた」
「社長の話は?」
三浦は即答した。
「してない」
山岸が眉をひそめる。
「音声には、“社長が消えればいい”と」
三浦は静かに答えた。
「言った。だがそれは、“殺す”って意味じゃない。あの男が辞めればいい、って意味だ」
「信じろと?」
「信じなくていい。だが俺は――社長に手を出すほど、馬鹿じゃない」
その供述は、意外にも一貫していた。
その頃、田所探偵事務所。
田所は、三浦の調書を読みながら、眉をひそめていた。
「……妙だな」
夏野が言う。
「副社長、冷静すぎませんか?」
「そう。“疑われ慣れている人間”の態度だ」
「経営者だからですか?」
「違う。本当に犯人なら、もっと“余計な言い訳”をする」
田所は城戸の供述も並べる。
経理部長・城戸美沙は、事件当日、会議室前を二度通過したと証言している。
だが、その時刻の記憶が曖昧だった。
「“覚えていない”が多すぎる」
夏野が言う。
「副社長と経理部長、どちらも“嘘をついてる可能性”は高いですね」
「だが、二人とも“同じ種類の嘘”だ」
「同じ種類?」
「“保身の嘘”だ。自分の立場を守るための嘘。殺人を隠す嘘じゃない」
その時、山岸から電話が入った。
「田所、重要なことがわかった」
「何だ?」
「会議室の床、再鑑定した」
「何が出た?」
「机の脚の擦過痕、よく見ると――二種類の方向が混じってる」
田所の目が細くなる。
「……二方向?」
「最初の報告では“一方向”だったが、微細な傷を含めると、“戻した形跡”がある」
「つまり……」
「誰かが動かし、別の誰かが“元に戻そうとした”」
夏野が小さく息を吸う。
「それって……副社長犯人説、崩れません?」
田所は静かに言った。
「崩れる。副社長が犯人なら、動かすのは一度でいい」
「わざわざ戻す理由がない」
「戻した人物は、“事故に見せるため”じゃない。“何かを確認するため”だ」
山岸が電話越しに言う。
「つまり、副社長の後に、誰かが現場に入ってる」
田所は少し笑った。
「……ようやく、この事件、“本当の形”を見せ始めたな」
夏野が言う。
「じゃあ、副社長は?」
「少なくとも、“直接の実行犯”じゃない」
「でも、副社長は確実に現場を操作している」
「そう。副社長は“第二の当事者”だ」
田所は机の上の資料を一枚ずつ並べ直す。
「この事件、最初に社長が倒れた時、現場にいたのは“一人”」
「その後、副社長が来て、机を動かした」
「さらに、別の誰かが入って、戻そうとした」
夏野が言った。
「三人……?」
「少なくとも三人」
山岸が電話越しに言う。
「じゃあ、最初の一人は?」
田所は即答しなかった。
しばらく黙ってから言う。
「……今まで、一番“何もしていないように見えた人物”」
夏野の脳裏に、ある名前が浮かぶ。
だが田所は、まだ口にしなかった。
「今は、副社長が“犯人に見えなくなった”だけで十分だ」
「本当の犯人は、“この事件で一番、存在感が薄い”」
窓の外、新宿のネオンが静かに光っていた。
副社長という仮説は、ここで完全に崩れた。
だがその代わりに、より不気味な影が、事件の中心に浮かび上がり始めていた。
副社長・三浦陽介は、取調室の椅子に深く腰掛けたまま、腕を組んでいた。
怒りも動揺もない。ただ、疲れ切った顔だった。
「社長が死んで、一番得したのはあなたです」
山岸が言う。
「……得?あの男がいなくなっただけで、会社が楽になると思うか?」
「横領データも消えた」
三浦は鼻で笑った。
「消えてない。俺の頭の中には、まだ残ってる」
山岸は一瞬、言葉に詰まった。
「事件当日、十九時過ぎ。あなたはビル裏口で誰かと口論している」
「していたな」
「相手は誰です?」
三浦は少し考えてから言った。
「……経理の城戸だ」
「内容は?」
「横領の責任を、どっちが被るかで揉めてた」
「社長の話は?」
三浦は即答した。
「してない」
山岸が眉をひそめる。
「音声には、“社長が消えればいい”と」
三浦は静かに答えた。
「言った。だがそれは、“殺す”って意味じゃない。あの男が辞めればいい、って意味だ」
「信じろと?」
「信じなくていい。だが俺は――社長に手を出すほど、馬鹿じゃない」
その供述は、意外にも一貫していた。
その頃、田所探偵事務所。
田所は、三浦の調書を読みながら、眉をひそめていた。
「……妙だな」
夏野が言う。
「副社長、冷静すぎませんか?」
「そう。“疑われ慣れている人間”の態度だ」
「経営者だからですか?」
「違う。本当に犯人なら、もっと“余計な言い訳”をする」
田所は城戸の供述も並べる。
経理部長・城戸美沙は、事件当日、会議室前を二度通過したと証言している。
だが、その時刻の記憶が曖昧だった。
「“覚えていない”が多すぎる」
夏野が言う。
「副社長と経理部長、どちらも“嘘をついてる可能性”は高いですね」
「だが、二人とも“同じ種類の嘘”だ」
「同じ種類?」
「“保身の嘘”だ。自分の立場を守るための嘘。殺人を隠す嘘じゃない」
その時、山岸から電話が入った。
「田所、重要なことがわかった」
「何だ?」
「会議室の床、再鑑定した」
「何が出た?」
「机の脚の擦過痕、よく見ると――二種類の方向が混じってる」
田所の目が細くなる。
「……二方向?」
「最初の報告では“一方向”だったが、微細な傷を含めると、“戻した形跡”がある」
「つまり……」
「誰かが動かし、別の誰かが“元に戻そうとした”」
夏野が小さく息を吸う。
「それって……副社長犯人説、崩れません?」
田所は静かに言った。
「崩れる。副社長が犯人なら、動かすのは一度でいい」
「わざわざ戻す理由がない」
「戻した人物は、“事故に見せるため”じゃない。“何かを確認するため”だ」
山岸が電話越しに言う。
「つまり、副社長の後に、誰かが現場に入ってる」
田所は少し笑った。
「……ようやく、この事件、“本当の形”を見せ始めたな」
夏野が言う。
「じゃあ、副社長は?」
「少なくとも、“直接の実行犯”じゃない」
「でも、副社長は確実に現場を操作している」
「そう。副社長は“第二の当事者”だ」
田所は机の上の資料を一枚ずつ並べ直す。
「この事件、最初に社長が倒れた時、現場にいたのは“一人”」
「その後、副社長が来て、机を動かした」
「さらに、別の誰かが入って、戻そうとした」
夏野が言った。
「三人……?」
「少なくとも三人」
山岸が電話越しに言う。
「じゃあ、最初の一人は?」
田所は即答しなかった。
しばらく黙ってから言う。
「……今まで、一番“何もしていないように見えた人物”」
夏野の脳裏に、ある名前が浮かぶ。
だが田所は、まだ口にしなかった。
「今は、副社長が“犯人に見えなくなった”だけで十分だ」
「本当の犯人は、“この事件で一番、存在感が薄い”」
窓の外、新宿のネオンが静かに光っていた。
副社長という仮説は、ここで完全に崩れた。
だがその代わりに、より不気味な影が、事件の中心に浮かび上がり始めていた。



