田所探偵事務所。
机の上には、資料が扇状に広げられていた。
神崎の歩数ログ。
早乙女のゴミ袋写真。
小宮山の削除履歴。
そして、副社長・三浦のドラレコ音声。
田所は、その中で一枚だけを指で叩いた。
「……これが一番、殺意に近い」
副社長の音声記録。
『社長、消えればいいのに』
夏野は静かに言った。
「言葉だけ見れば、完全にアウトですね」
「しかも、一番“動機が深い”のも三浦だ」
田所は副社長の人物像を整理する。
創業メンバー。
社長のワンマン経営に反発。
横領データを社長に握られていた。
会社を追い出される寸前。
「副社長はな、“失うものが多すぎる人間”だ」
山岸が言った。
「実際、社長が死んで一番得してるのも三浦だ。株価は安定、横領も闇に消えた」
「副社長犯人説、かなり綺麗だな」
夏野が首を傾げる。
「でも、副社長が直接手を下すタイプには見えません」
「普通はそうだ。だが“追い詰められた人間”は、性格を裏切る」
田所はドラレコの音声をもう一度再生した。
『……ふざけるな。あんたのせいで、こっちは首が飛ぶんだ』
「この“あんた”は誰だと思う?」
山岸が答える。
「社長じゃないのか?」
「違う。これは“社長に言ってる口調じゃない”」
「じゃあ誰だ?」
「社内の誰か。自分と同じ立場の人間だ」
夏野が言う。
「経理部長……?」
「可能性は高い。横領データを巡って、三浦と城戸は水面下で争ってた」
田所は経理部長の調書を取り出す。
「城戸は、事件当日、“会議室の前を二回通っている”」
「証言?」
「防犯カメラが切れてたから、本人の証言だけだ」
山岸が言った。
「三浦と城戸、二人で社長を追い詰めてた可能性もあるな」
「そう。この事件、“単独犯”より“共謀”の方が自然だ」
夏野が不安そうに言う。
「でも、誰が直接……」
田所は言葉を遮った。
「今は“直接”を考えるな。考えるのは“誰が一番、現場を操作できるか”だ」
山岸が答える。
「副社長は役員フロアに自由に出入りできる。会議室にも、社員より自然に入れる」
「しかも、社長と口論しても違和感がない」
夏野が言った。
「喧嘩していても、“日常の一部”に見える……」
「そう。副社長は“最も殺しやすい立場”だ」
田所は机の写真を指差す。
「机を動かした人物像としても、副社長が一番自然だ。体格、腕力、権限、時間帯」
「神崎や早乙女より、はるかに現実的ですね」
山岸が言った。
「副社長が社長と揉み合い、突き飛ばし、慌てて机を調整した」
「そして、経理部長がそれを手伝った」
田所は静かに頷く。
「二人なら、“事故に見せる知恵”もある」
夏野が言った。
「でも、防犯カメラの停止は……」
「それは“誰かに頼んだ”か、“後で処理した”可能性もある」
山岸が苦笑した。
「つまり、副社長を中心に、全員が絡んでる構図か」
田所はゆっくり言った。
「この事件、副社長犯人説は――論理的に、ほぼ完成している」
部屋に、短い沈黙が落ちた。
夏野がぽつりと聞く。
「……田所さんは、副社長が犯人だと思いますか?」
田所はすぐには答えなかった。
ドラレコ音声を止め、資料を一枚ずつ眺め直す。
「“思う”だけなら、一番それっぽいのは副社長だ」
「でも?」
「それっぽすぎる」
夏野が目を細める。
「それっぽすぎる……?」
「犯人ってのはな、たいてい“ちょっとだけズレてる”」
山岸が言う。
「副社長はズレてない?」
「ズレてない。あまりにも教科書通りだ」
田所は静かに続けた。
「この事件、ここまで綺麗に“副社長が犯人”に見えるのは、逆に不自然だ」
「誰かが、“そう見えるように動いている”」
夏野が小さく息を吸う。
「……誰かが、副社長に罪を被せている?」
「可能性は高い。そしてその誰かは――」
田所は言いかけて、口を閉じた。
「いや、まだだ」
「まだ?」
「今は、副社長を疑わせておけ。それでいい」
山岸が首を傾げる。
「……お前、わざと誤解させてないか?」
田所は小さく笑った。
「探偵はな、自分も一度、“間違える”必要がある」
「じゃないと、本当に間違えてる場所が見えなくなるからな」
窓の外では雨がすっかり止み、ネオンだけが街を照らしていた。
だが事件の中では、まだ誰も、本当の暗がりに気づいていなかった。
机の上には、資料が扇状に広げられていた。
神崎の歩数ログ。
早乙女のゴミ袋写真。
小宮山の削除履歴。
そして、副社長・三浦のドラレコ音声。
田所は、その中で一枚だけを指で叩いた。
「……これが一番、殺意に近い」
副社長の音声記録。
『社長、消えればいいのに』
夏野は静かに言った。
「言葉だけ見れば、完全にアウトですね」
「しかも、一番“動機が深い”のも三浦だ」
田所は副社長の人物像を整理する。
創業メンバー。
社長のワンマン経営に反発。
横領データを社長に握られていた。
会社を追い出される寸前。
「副社長はな、“失うものが多すぎる人間”だ」
山岸が言った。
「実際、社長が死んで一番得してるのも三浦だ。株価は安定、横領も闇に消えた」
「副社長犯人説、かなり綺麗だな」
夏野が首を傾げる。
「でも、副社長が直接手を下すタイプには見えません」
「普通はそうだ。だが“追い詰められた人間”は、性格を裏切る」
田所はドラレコの音声をもう一度再生した。
『……ふざけるな。あんたのせいで、こっちは首が飛ぶんだ』
「この“あんた”は誰だと思う?」
山岸が答える。
「社長じゃないのか?」
「違う。これは“社長に言ってる口調じゃない”」
「じゃあ誰だ?」
「社内の誰か。自分と同じ立場の人間だ」
夏野が言う。
「経理部長……?」
「可能性は高い。横領データを巡って、三浦と城戸は水面下で争ってた」
田所は経理部長の調書を取り出す。
「城戸は、事件当日、“会議室の前を二回通っている”」
「証言?」
「防犯カメラが切れてたから、本人の証言だけだ」
山岸が言った。
「三浦と城戸、二人で社長を追い詰めてた可能性もあるな」
「そう。この事件、“単独犯”より“共謀”の方が自然だ」
夏野が不安そうに言う。
「でも、誰が直接……」
田所は言葉を遮った。
「今は“直接”を考えるな。考えるのは“誰が一番、現場を操作できるか”だ」
山岸が答える。
「副社長は役員フロアに自由に出入りできる。会議室にも、社員より自然に入れる」
「しかも、社長と口論しても違和感がない」
夏野が言った。
「喧嘩していても、“日常の一部”に見える……」
「そう。副社長は“最も殺しやすい立場”だ」
田所は机の写真を指差す。
「机を動かした人物像としても、副社長が一番自然だ。体格、腕力、権限、時間帯」
「神崎や早乙女より、はるかに現実的ですね」
山岸が言った。
「副社長が社長と揉み合い、突き飛ばし、慌てて机を調整した」
「そして、経理部長がそれを手伝った」
田所は静かに頷く。
「二人なら、“事故に見せる知恵”もある」
夏野が言った。
「でも、防犯カメラの停止は……」
「それは“誰かに頼んだ”か、“後で処理した”可能性もある」
山岸が苦笑した。
「つまり、副社長を中心に、全員が絡んでる構図か」
田所はゆっくり言った。
「この事件、副社長犯人説は――論理的に、ほぼ完成している」
部屋に、短い沈黙が落ちた。
夏野がぽつりと聞く。
「……田所さんは、副社長が犯人だと思いますか?」
田所はすぐには答えなかった。
ドラレコ音声を止め、資料を一枚ずつ眺め直す。
「“思う”だけなら、一番それっぽいのは副社長だ」
「でも?」
「それっぽすぎる」
夏野が目を細める。
「それっぽすぎる……?」
「犯人ってのはな、たいてい“ちょっとだけズレてる”」
山岸が言う。
「副社長はズレてない?」
「ズレてない。あまりにも教科書通りだ」
田所は静かに続けた。
「この事件、ここまで綺麗に“副社長が犯人”に見えるのは、逆に不自然だ」
「誰かが、“そう見えるように動いている”」
夏野が小さく息を吸う。
「……誰かが、副社長に罪を被せている?」
「可能性は高い。そしてその誰かは――」
田所は言いかけて、口を閉じた。
「いや、まだだ」
「まだ?」
「今は、副社長を疑わせておけ。それでいい」
山岸が首を傾げる。
「……お前、わざと誤解させてないか?」
田所は小さく笑った。
「探偵はな、自分も一度、“間違える”必要がある」
「じゃないと、本当に間違えてる場所が見えなくなるからな」
窓の外では雨がすっかり止み、ネオンだけが街を照らしていた。
だが事件の中では、まだ誰も、本当の暗がりに気づいていなかった。



