翌日、田所探偵事務所。
田所はいつものように椅子に深く座り、机の上に資料を並べていた。
夏野はコーヒーを置きながら言う。
「営業部長・早乙女さんの件、本気で疑ってるんですか?」
「疑ってる、というより――“泳がせる”」
「喫煙所に行っただけですよ?」
「人はな、“何もしてない時間”を一番嘘で固める」
田所は早乙女の調書を指で叩く。
「十九時十分から二十分、喫煙所。証人なし。カメラなし。一番“何でもできる時間帯”だ」
そこへ、山岸が入ってきた。
「お前の言う通り調べたぞ。
早乙女、妙な行動してた」
「ほらな」
「喫煙所の灰皿、事件翌日に“中身が全部捨てられてた”」
夏野が眉をひそめる。
「普通、清掃員が定期的に捨てるんじゃないですか?」
「いや、早乙女本人が処分してる。自分でゴミ袋に入れて」
田所はゆっくり頷く。
「……捨てたのは煙草だけじゃないな」
「灰皿の中、通常より吸い殻が少なかった」
「つまり?」
「喫煙所にいた時間、実際には短かった可能性が高い」
夏野が言った。
「アリバイを作るために、“いただけ”の可能性」
「そう。喫煙所は“空白時間を作る場所”として優秀すぎる」
山岸は腕を組む。
「動機もある。早乙女は社長にリストラ対象にされていた」
「それ、初耳だな」
「人事資料に残ってた。来月、営業部の縮小予定」
田所は小さく笑った。
「首切り宣告された男は、大抵“衝動的”になる」
次に、神崎の件。
山岸が別の資料を出す。
「人事責任者・神崎。事件当日、確かに辞表を書いてた」
「場所は?」
「自席のデスク。だが、その辞表、ゴミ箱から回収された」
夏野が言う。
「捨てた……?」
「しかも破り捨てた形跡あり。かなり感情的だ」
田所は考え込む。
「……辞表を書いて、破って、それから社長が死んだ」
「動機としては十分だな」
「だが、逆に“行動の痕跡が多すぎる”」
「多すぎる?」
「犯人はな、普通“証拠を消す”。神崎は“証拠を残しすぎてる”」
夏野が言う。
「感情的な人ほど、隠すのが下手です」
「下手すぎると、逆に怪しくなる」
次に、秘書・小宮山。
山岸が言う。
「社長のスマホから削除されたメッセージ、復元できた」
「内容は?」
「“もう終わりにしよう。君には退職金を出す”」
夏野が小さく息を呑む。
「……完全に捨てられてますね」
「小宮山は事件後、社長のデスクを勝手に整理していた」
「何を?」
「USBメモリと、手帳の一部ページ」
田所は眉をひそめる。
「証拠隠滅だな」
「だが本人は、“私物を片付けただけ”と言ってる」
田所は腕を組む。
「ここまで来ると、全員が“怪しすぎる”」
夏野が言う。
「誰が犯人でも成立しそうです」
「だからこそ、この事件は“一人の犯行”じゃない」
山岸が言った。
「共犯?」
「いや、“便乗”だ」
「便乗?」
田所は静かに言う。
「誰かが最初に殺した。その後、別の誰かが証拠を動かし、さらに別の誰かが私物を消した」
「全員、自分の都合で」
夏野が言った。
「つまり――“真犯人の痕跡が、他人の行動に埋もれている”」
「そう。この事件の一番のトリックはな、“人間の自己保身”だ」
山岸は深く息を吐いた。
「じゃあ、誰を次に追う?」
田所は少し考え、言った。
「神崎と早乙女。“感情で動いた二人”だ」
「甲斐は?」
「今はいい。甲斐は“動きが少なすぎる”。何もしない奴ほど、後で効いてくる」
夏野が言う。
「……嵐の前の静けさですね」
田所は窓の外を見る。
「嵐はもう始まってる。ただ、誰も自分が濡れてることに気づいてないだけだ」
新宿の街は今日も騒がしい。
だが事件は、ますます深い迷路へと入り込んでいった。
田所はいつものように椅子に深く座り、机の上に資料を並べていた。
夏野はコーヒーを置きながら言う。
「営業部長・早乙女さんの件、本気で疑ってるんですか?」
「疑ってる、というより――“泳がせる”」
「喫煙所に行っただけですよ?」
「人はな、“何もしてない時間”を一番嘘で固める」
田所は早乙女の調書を指で叩く。
「十九時十分から二十分、喫煙所。証人なし。カメラなし。一番“何でもできる時間帯”だ」
そこへ、山岸が入ってきた。
「お前の言う通り調べたぞ。
早乙女、妙な行動してた」
「ほらな」
「喫煙所の灰皿、事件翌日に“中身が全部捨てられてた”」
夏野が眉をひそめる。
「普通、清掃員が定期的に捨てるんじゃないですか?」
「いや、早乙女本人が処分してる。自分でゴミ袋に入れて」
田所はゆっくり頷く。
「……捨てたのは煙草だけじゃないな」
「灰皿の中、通常より吸い殻が少なかった」
「つまり?」
「喫煙所にいた時間、実際には短かった可能性が高い」
夏野が言った。
「アリバイを作るために、“いただけ”の可能性」
「そう。喫煙所は“空白時間を作る場所”として優秀すぎる」
山岸は腕を組む。
「動機もある。早乙女は社長にリストラ対象にされていた」
「それ、初耳だな」
「人事資料に残ってた。来月、営業部の縮小予定」
田所は小さく笑った。
「首切り宣告された男は、大抵“衝動的”になる」
次に、神崎の件。
山岸が別の資料を出す。
「人事責任者・神崎。事件当日、確かに辞表を書いてた」
「場所は?」
「自席のデスク。だが、その辞表、ゴミ箱から回収された」
夏野が言う。
「捨てた……?」
「しかも破り捨てた形跡あり。かなり感情的だ」
田所は考え込む。
「……辞表を書いて、破って、それから社長が死んだ」
「動機としては十分だな」
「だが、逆に“行動の痕跡が多すぎる”」
「多すぎる?」
「犯人はな、普通“証拠を消す”。神崎は“証拠を残しすぎてる”」
夏野が言う。
「感情的な人ほど、隠すのが下手です」
「下手すぎると、逆に怪しくなる」
次に、秘書・小宮山。
山岸が言う。
「社長のスマホから削除されたメッセージ、復元できた」
「内容は?」
「“もう終わりにしよう。君には退職金を出す”」
夏野が小さく息を呑む。
「……完全に捨てられてますね」
「小宮山は事件後、社長のデスクを勝手に整理していた」
「何を?」
「USBメモリと、手帳の一部ページ」
田所は眉をひそめる。
「証拠隠滅だな」
「だが本人は、“私物を片付けただけ”と言ってる」
田所は腕を組む。
「ここまで来ると、全員が“怪しすぎる”」
夏野が言う。
「誰が犯人でも成立しそうです」
「だからこそ、この事件は“一人の犯行”じゃない」
山岸が言った。
「共犯?」
「いや、“便乗”だ」
「便乗?」
田所は静かに言う。
「誰かが最初に殺した。その後、別の誰かが証拠を動かし、さらに別の誰かが私物を消した」
「全員、自分の都合で」
夏野が言った。
「つまり――“真犯人の痕跡が、他人の行動に埋もれている”」
「そう。この事件の一番のトリックはな、“人間の自己保身”だ」
山岸は深く息を吐いた。
「じゃあ、誰を次に追う?」
田所は少し考え、言った。
「神崎と早乙女。“感情で動いた二人”だ」
「甲斐は?」
「今はいい。甲斐は“動きが少なすぎる”。何もしない奴ほど、後で効いてくる」
夏野が言う。
「……嵐の前の静けさですね」
田所は窓の外を見る。
「嵐はもう始まってる。ただ、誰も自分が濡れてることに気づいてないだけだ」
新宿の街は今日も騒がしい。
だが事件は、ますます深い迷路へと入り込んでいった。



