アームチェア・ディティクデブ

「失礼します」
扉が開き、棚田が入ってきた。続いて平井、各務もそれぞれ定位置に着く。簡素な事務所に、わずかな緊張感が満ちる。
田所は椅子に腰掛けたまま三人を見渡した。
「よし、全員揃ったな。それじゃ依頼内容を伝える」
短く区切り、視線を一人ひとりに配る。
「今回は行方調査だ。対象は村井勝也、四十五歳。村井運輸の社長。依頼主は妻の村井真理さんだ」
三人は黙って頷く。
「行動範囲は職場と自宅以外は行きつけのバーくらいらしい。あとは愛人、広瀬陽菜の所だ」
その言葉に、わずかに空気が動く。だが誰も口には出さない。
「職場には知られたくないらしい。平井はバーで聞き込み。棚田は愛人の行動を追え。各務は会社周辺を外から調べられる範囲で調査しろ」
三人はほぼ同時に頷いた。
「了解しました」
短く応じ、それぞれが立ち上がる。無駄な言葉は無い。三人はそのまま事務所を後にし、散るようにして調査へ向かった。
扉が閉まり、再び静寂が戻る。

 村井運輸本社ビルは、幹線道路から一本入った場所にあった。外観は特別大きくはないが、敷地は広く、裏手には倉庫と車両の出入り口が並んでいる。食品輸送を主とする会社らしく、冷蔵車が何台も停まっていた。
 各務は道路の向かい側から建物全体を眺めていた。正面入口の出入り、裏手の搬入口、社員の動き。目立たない位置で、一定の距離を保ちながら観察する。
 昼前、黒いセダンが敷地内に入ってきた。運転席から降りてきた男は四十代前半、背筋が伸びている。スーツの着こなしにも無駄がない。
副社長、村井哲也。
各務は事前に確認していた写真と照らし合わせる。間違いない。
哲也はそのまま建物に入っていく。表情は硬いが、取り乱した様子はない。だが、どこか張り詰めたものがあった。
その様子を見送ると、各務は人目を盗んで入口が見える場所にカメラを仕掛ける。
各務は車に戻るとカメラのモニターを横目で見ながら、ノートPCで村井運輸に関することを徹底的に調べる。
会社の沿革、社員構成、取引銀行、取引先……。
そこから村井勝也の行方に関わりそうなことを調べていく。

 一方、平井は行きつけのバーにいた。
カウンターの奥、控えめな照明の下でグラスを磨いているバーテンダーに声をかける。
「村井さん、最近見てないって聞いたんですけど」
バーテンダーは手を止めずに答える。
「ええ。ここ数日は来てませんね。あの人、けっこう頻繁に顔出してたんですけど」
「誰かと一緒に来ることは?」
「たまに女性と来てましたね。若い人」
平井は頷く。
「名前はご存じですか?」
バーテンダーはわずかに笑った。
「名前までは知りませんけど……まぁ、そんな感じの関係でしょうね」
グラスを棚に戻し、少しだけ声を落とす。
「ただ、最近はちょっと様子がおかしかったですよ」
「様子というと?」
「誰かと電話で揉めてるみたいで。声荒げてたこともありましたし」
平井は視線を細める。
「いつ頃の話です?」
「三日……四日前くらいですかね」
ちょうど、行方が分からなくなる直前。
平井はそれ以上は追及せず、軽く礼を言って店を出た。

 棚田は、広瀬陽菜のマンション前に立っていた。
都内の中級クラスの物件。オートロック付きで、出入りする住人の様子を自然に確認できる位置に身を置く。
しばらくすると、エントランスの扉が開いた。
出てきたのは、写真で見た通りの女性だった。
年齢は三十前後。整った顔立ちに、仕事帰りらしい落ち着いた服装。ヒールの音が一定のリズムで響く。
広瀬陽菜。
棚田は距離を保ちながら後を追う。
陽菜は駅へ向かい、途中のコンビニに立ち寄る。特に不審な動きはない。だが――
表情が妙に落ち着いている。
村井勝也と連絡を取っている様子は無い。
行方不明になっていることに気付いている様子もない。
 コンビニを出た陽菜は、そのまま駅へ入っていった。
棚田はそれを見送りながら、小さく眉をひそめた。