アームチェア・ディティクデブ

「十九時二十五分から十九時二十九分」
田所はゆっくりと言った。
「その四分は、地獄だ」
山岸は腕を組む。
「地獄?」
田所は淡々と、四分間を言葉にしていく。
「玄関を開ける。部屋に入る。静かだ。呼吸音がない。足音がやけに響く」
夏野が息を呑む。
「リビングに視線が届く。倒れている」
山岸が低く言う。
「そこで通報すればいい」
「本来ならな」
田所は視線を上げる。
「だが、悠真は“殺すつもりで来た”」
沈黙。
「その瞬間、恐怖の質が変わる」
田所は続ける。
「自分の中に殺意がある。
その状態で死体を見つけた人間は、真っ先に何を考える?」
夏野が答えない代わりに、喉が小さく鳴った。
山岸が言う。
「疑われる」
「そうだ」
田所は頷く。
「疑われる、ではない。“疑われて当然だ”と思う」
山岸の眉が寄る。
「口論も残っている。廊下カメラ。隣人証言」
「だから恐怖は加速する」
田所は淡々と続ける。
「脈を確認する。手首。指先。冷たさ。生きていない」
夏野が小さく言う。
「死を確かめる」
「そして手を戻す」
田所は静かに言った。
「右手を胸の上に整える。無意識だ。身内だから」
山岸が吐き捨てるように言う。
「そこから暖房か」
「十九時二十七分。最大出力。二十八度。タイマー」
田所はカップを持ち上げる。
「この操作は、恐怖が生む理屈だ」
「死亡推定をずらすため」
「そうだ。十八時台の死を、十九時台に寄せる」
山岸が唸る。
「だが再訪ログが残る」
「彼は完全犯罪を狙ったんじゃない」
田所は即答する。
「“疑いの向き”をずらしただけだ」
夏野が言う。
「殺していないのに、殺したと思われたくない」
「違う」
田所は視線を上げる。
「殺していないのに、殺したと思われて当然だと自分が思ってしまう」
沈黙。
「だから人は、時間を動かす」