アームチェア・ディティクデブ

 山岸は腕を組んだまま言った。
「再鑑定の結果が出た」
田所は椅子に沈んだまま視線を上げる。
「室温変動を考慮すると、死亡時刻は十八時五十分前後の可能性が高い、だと」
静かな空気が部屋を満たす。
夏野がゆっくりと息を吐いた。
「十八時台……」
山岸は続ける。
「医師は十九時台と断定していない。
暖房履歴を加味すれば、三十分以上の誤差は十分あり得る、と」
田所は頷く。
「檻が外れたな」
「檻?」
「十九時という檻だ」
山岸の視線が鋭くなる。
「死亡が十八時五十分前後なら」
「十八時五十七分に退室した秘書は、生存中の被害者と同室にいた最後の人物になる」
夏野が静かに言う。
「そして十九時二十五分の再訪時には、すでに死亡していた可能性がある」
「そうだ」
田所は淡々と続ける。
「つまり、警察が前提にしていた“十九時台死亡”が崩れる」
山岸は低く言う。
「なら秘書が本命だ」
「早い」
即答だった。
「何が早い」
「死亡が十八時台なら、暖房は“死後操作”だ」
沈黙。
「秘書は十八時五十七分に退室している」
「ログ上はな」
「再入室はない」
「ログ上はな」
山岸が苛立つ。
「お前はログを信用しないのか」
「信用する」
田所は静かに言う。
「だからこそ分ける」
「何を」
「殺した者と、整えた者を」
空気が張る。
「十八時五十分前後に死亡。
十八時五十七分に秘書退室。
十九時二十五分に息子再訪。
十九時二十七分に暖房操作」
夏野が小さく呟く。
「暖房は死亡後ですね」
「そうだ」
田所は頷く。
「秘書が殺した可能性は高い。
だが十九時二十七分の暖房は、秘書の衝動とは質が違う」
山岸が言う。
「殺すつもりで戻った人間が、死体を見て操作した? 」
「その可能性はある」
「なぜ」
「十九時台に死亡を寄せるためだ」
静寂。
山岸はゆっくりと言う。
「十八時台死亡なら、最初に疑われるのは秘書だ」
「だが」
田所は視線を上げる。
「息子は十八時四十分に口論している。
それが外部証言付きで残っている」
夏野が理解する。
「死亡が十八時五十分前後なら、口論直後に死亡した形になります」
「そうだ」
田所は続ける。
「世間の目は単純だ。
“最後に揉めた人物”に向く」
山岸は低く言う。
「だから息子は、十九時台に寄せた」
「可能性だ」
甘い香りがわずかに漂う。
「秘書が殺した。
息子が時間を動かした」
山岸が問う。
「共犯ではないのか」
「共犯ではない」
田所は即答する。
「衝動と保身は、同じ方向を向くとは限らない」
静寂。
「十九時は作られた時間だ」
田所は言った。
「問題は一つだけだ」
「何だ」
「息子が、十九時二十五分に何を見たか」