アームチェア・ディティクデブ

「十九時二十五分の入館ログがある」
山岸は資料を机に置いた。
田所は椅子に沈んだまま、視線だけを動かす。
「悠真の住民カードだな」
「そうだ。十八時四十四分に退室した後、十九時二十五分に再入館。本人は“覚えていない”と言っている」
夏野が静かに言う。
「覚えていない、は便利ですね」
山岸は吐き捨てるように続ける。
「解錠が十九時二十五分。施錠が十九時二十九分。滞在四分」
田所は指先で資料の数字をなぞる。
「四分」
「短いが、何かをするには十分だ」
山岸が言う。
「しかも死亡推定は十九時十五分以降。十九時二十五分なら、まだ生きていた可能性がある」
夏野が頷く。
「警察目線なら、最後に会った可能性があるのは悠真ですね。秘書は十八時五十七分に退室していますから」
「その通りだ」
山岸の声が硬い。
「だから息子は疑われる」
田所は微かに笑った。
「疑われ方が、あまりに自然だな」
「何が言いたい」
「悠真は“何か理由があって”戻っている」
山岸が言う。
「戻った理由は“忘れ物”だと言っているが、あれは口実だ」
「嘘だ」
田所は即答した。
「忘れ物なら、滞在四分は短すぎる。探す時間がない」
夏野が言う。
「では、戻った理由は何でしょう」
田所は視線を上げ、山岸を見る。
「山岸さん。悠真の十八時四十四分以降の行動、空白は埋まったか」
「完全には。だが帰宅したのは確実だ。近所のコンビニの防犯カメラに映っている」
「コンビニの防犯カメラで、悠真は店外でしばらく立ち止まっている」
田所は頷く。
「怒りは収まっていないな」
山岸が眉を寄せる。
「怒り?」
「十八時四十分。廊下で口論。怒鳴り声。ドアを叩く音」
夏野が静かに言う。
「感情が高ぶった状態のまま、一度帰った」
「そうだ」
田所は淡々と続ける。
「帰ってから、考える。思い返す。煮詰まる。燃える。人はそういうふうに、もう一度決心する」
山岸が口を開く。
「つまり、戻ったのは」
「殺意だ」
空気が止まる。
夏野のペン先がわずかに震える。
「先生」
「殺すつもりで戻った。だから四分でいい」
田所は静かに言う。
「やるか、やらないか。決断するだけの時間だ」
山岸は喉を鳴らす。
「……推理だけで言うな」
「推理ではない」
田所は椅子の背に体重を預けた。
「これは“弱さ”の形だ。証拠は後で出る」