「暖房の件は一旦置いておく」
田所はそう言った。
山岸が眉を上げる。
「置く?」
「急に出てきた数字に飛びつくと、足を滑らせる」
田所は資料の別のページを開いた。
「相沢真理の再聴取は?」
「やった。口論は認めた」
「内容は」
「関係を終わらせると言われたらしい。さらに、次の大型案件から外すと」
夏野が小さく呟く。
「八年仕えて、切られる」
山岸が続ける。
「相沢は否定しているが、社内では二人の関係は公然の秘密だったらしい」
「当日は」
「隆之の自宅で打ち合わせ。だが実際は、話し合いというより最後通告に近い」
「感情は」
「抑えていた、と本人は言う」
田所は顔を上げる。
「抑えられていた人間は、三回も事情聴取を受けてから“言い合いになった”とは言わない」
山岸は腕を組む。
「つまり嘘をついていると?」
「少なくとも、全部は言っていない」
静かな空気。
「死亡推定は十九時十五分以降だ」
山岸が言う。
「秘書は十八時五十七分に退室している」
「退室が本当に十八時五十七分ならな」
山岸の目が細くなる。
「ログは残っている」
「ログは残る。だが、感情は残らない」
夏野が視線を上げる。
「先生は、秘書が犯人の可能性を高く見ているのですか」
田所は即答しない。
代わりに、資料の隅を指でなぞる。
「十八時四十五分から十八時五十七分」
「秘書が室内にいた時間だ」
「この十二分で、人は死ぬ」
山岸が低く言う。
「物音証言は十九時台だ」
「人が倒れる音と、何かが倒れる音は違う」
「何が言いたい」
田所は淡々と続ける。
「感情的犯行なら、整える余裕はない。
衝動的に突き飛ばし、そのまま逃げる」
夏野が静かに言う。
「密室も、時間操作も考えない」
「そうだ」
田所は頷く。
「だからこそ、秘書が犯人なら話は簡単だ」
山岸が机に指を置く。
「簡単?」
「十八時台に殺害。
その後誰も入室せず。
だが十九時に物音があった」
「隣人の勘違いか」
「あるいは、別の音」
山岸は息を吐く。
「暖房の件と秘書はどう繋がる」
「まだ繋がらない」
田所は即答する。
「だが、秘書の感情は繋がる」
静寂。
「十八時五十七分に退室。
十九時二十七分に暖房操作」
夏野が言う。
「もし秘書が戻ったとしたら?」
山岸が首を振る。
「階段カメラに映っていない」
「死角は?」
「あるが、出入りは確認できていない」
田所はゆっくりと目を閉じた。
「感情は、予定を守らない」
山岸が苛立つ。
「結局どっちだ」
田所は目を開ける。
「秘書が殺した可能性は高い」
空気が張る。
「だが」
「だが?」
「十九時二十七分の暖房は、感情ではない」
沈黙。
「衝動で人は殺せる。
だが衝動で温度は計算しない」
夏野が小さく息を呑む。
「つまり」
「殺した人間と、整えた人間が違う可能性がある」
山岸はゆっくりと腕を解いた。
「共犯か」
「まだそこまで言っていない」
田所はカップを傾ける。
甘い匂いが漂う。
「だが、秘書だけでは十九時は作れない」
田所はそう言った。
山岸が眉を上げる。
「置く?」
「急に出てきた数字に飛びつくと、足を滑らせる」
田所は資料の別のページを開いた。
「相沢真理の再聴取は?」
「やった。口論は認めた」
「内容は」
「関係を終わらせると言われたらしい。さらに、次の大型案件から外すと」
夏野が小さく呟く。
「八年仕えて、切られる」
山岸が続ける。
「相沢は否定しているが、社内では二人の関係は公然の秘密だったらしい」
「当日は」
「隆之の自宅で打ち合わせ。だが実際は、話し合いというより最後通告に近い」
「感情は」
「抑えていた、と本人は言う」
田所は顔を上げる。
「抑えられていた人間は、三回も事情聴取を受けてから“言い合いになった”とは言わない」
山岸は腕を組む。
「つまり嘘をついていると?」
「少なくとも、全部は言っていない」
静かな空気。
「死亡推定は十九時十五分以降だ」
山岸が言う。
「秘書は十八時五十七分に退室している」
「退室が本当に十八時五十七分ならな」
山岸の目が細くなる。
「ログは残っている」
「ログは残る。だが、感情は残らない」
夏野が視線を上げる。
「先生は、秘書が犯人の可能性を高く見ているのですか」
田所は即答しない。
代わりに、資料の隅を指でなぞる。
「十八時四十五分から十八時五十七分」
「秘書が室内にいた時間だ」
「この十二分で、人は死ぬ」
山岸が低く言う。
「物音証言は十九時台だ」
「人が倒れる音と、何かが倒れる音は違う」
「何が言いたい」
田所は淡々と続ける。
「感情的犯行なら、整える余裕はない。
衝動的に突き飛ばし、そのまま逃げる」
夏野が静かに言う。
「密室も、時間操作も考えない」
「そうだ」
田所は頷く。
「だからこそ、秘書が犯人なら話は簡単だ」
山岸が机に指を置く。
「簡単?」
「十八時台に殺害。
その後誰も入室せず。
だが十九時に物音があった」
「隣人の勘違いか」
「あるいは、別の音」
山岸は息を吐く。
「暖房の件と秘書はどう繋がる」
「まだ繋がらない」
田所は即答する。
「だが、秘書の感情は繋がる」
静寂。
「十八時五十七分に退室。
十九時二十七分に暖房操作」
夏野が言う。
「もし秘書が戻ったとしたら?」
山岸が首を振る。
「階段カメラに映っていない」
「死角は?」
「あるが、出入りは確認できていない」
田所はゆっくりと目を閉じた。
「感情は、予定を守らない」
山岸が苛立つ。
「結局どっちだ」
田所は目を開ける。
「秘書が殺した可能性は高い」
空気が張る。
「だが」
「だが?」
「十九時二十七分の暖房は、感情ではない」
沈黙。
「衝動で人は殺せる。
だが衝動で温度は計算しない」
夏野が小さく息を呑む。
「つまり」
「殺した人間と、整えた人間が違う可能性がある」
山岸はゆっくりと腕を解いた。
「共犯か」
「まだそこまで言っていない」
田所はカップを傾ける。
甘い匂いが漂う。
「だが、秘書だけでは十九時は作れない」



