探偵研究部。――カケラノセカイ―― ③ サマーゲームパーティー

 イワンが現行犯逮捕される、少し前。
 八月一日、午後四時三十分。
 佐藤刑事、小川、平屋は西湖の湖畔に到着した。

 湖周遊のドライブルートを走りながら、湖畔を双眼鏡で確認していく小川と平屋。
 しばらく行くと二人の目には、大自然の景観にそぐわない、大きなクルーザーが見えた。

「佐藤刑事! あれを見てください!」

 小川が指差す先には、真新しい豪華なクルーザーが、桟橋もなにもない岸に、無造作に停泊していた。
 小川の直感が、これがゲームマスターの船だと告げていた。

「直ちに捜査本部へ連絡する!」

 佐藤刑事が連絡し、応援を要請する間、平屋はタブレットで西湖の周遊ルートを確認し始めた。

「な……なあ、平屋、あの森……」

 クルーザーの乗り上げた岸には、茂る緑の森が一帯に広がる。

「富士樹海……。
 あの船まで行くためには、あの森を通らないといけない……!」

 無線を終えた佐藤刑事がその声に反応する。

「バカ言え。子どもをそんな森に入らせるわけないだろ。あの船の真上には国道が通ってる。そっちまで車で移動するぞ。お前たちは外に出るなよ」

 パトカーは再び山道ルートに入っていく。
 タブレットで平屋がピンを立てていたクルーザーの丁度真上のあたりの路肩に幅よせする。
 佐藤刑事は身を乗り出し、下を確認するが、鬱蒼とした森以外なにも見えない。

 ガサッ!

 丁度数メートル先の森の奥から、何かが動く音がした。
 見ると、かくし芸のマジシャンのようなマント姿の男が、場違いに立っていた。
 男は、佐藤刑事の登場に一瞬怯み、そして森へと引き返そうとする。
 佐藤刑事は慌てて追いかけ、すぐに追いついた。

「とまれ! 聞きたいことがある! 神奈川県警だ!」

 警察手帳を向けると、男はわけがわからないといった風に両手を上げた。

「その姿。樹海のど真ん中でマジックショーでもやってるのか?
 樹海にハイキングに行くにしてはおかしくないか?
 ――いま、中学生の集団をさがしてる。
 お前、関係者か?」

 佐藤の問いに、男は手を上げたまま、震える声をあげる。

「はい。いえ。はい」
「どっちだ!」

 佐藤刑事の迫力に負けて、

「う、はい!」

 と肩を震わせ返事をする。

「子どもたちはどこだ!」

 佐藤の怒声に、男は震えながら答えた。

「はっ! はい! 子供たちは、子供たちはこの奥です!
な……なんで警察がいるんだよ!」
「お前ひとりか? 仲間は?」

 佐藤刑事は尋問しながら距離を詰めていく。

「います! こどもたちと一緒です! 僕は、僕は何にも悪いことはしてません!!」

 男の背中に両手を固定させながら、佐藤刑事は男のポケットをあらためる。

「おい? これは何だ?」

 男のポケットから、軽いおもちゃの拳銃をとりあげ顔に突きつける。引き金を引けば、ガチャンとプラスチックの安い音がする。

「お……お芝居です! お芝居で必要だったんです!」
「ふーん」

 とハンカチに軽く包み地面に置く。
 再びポケットを探ると、ちゃらちゃらと、何個かの銀色の小さな鍵を佐藤刑事は見つける。

「これは?」

 と眼球スレスレに見せて行くと、

「こ……これも。お……おもちゃの手錠の鍵で!
 どっきり企画だよ! ユーチューブの!
 い……今、子どもたちは、これを着けて、樹海を歩いてる! この鍵を探して回る宝探しをしてるとこなんだよ!」

「「なんだって!」」

 小川と平屋の声がした。

「お前たち……! 車にいろと言ったろう!」

 佐藤が怒鳴って振り返った瞬間、拘束されていた男が
「僕はなんにもやってない!」とパニックを起こして激しく暴れ出した。

「おい、おとなしくしろ!」

 佐藤が男を押さえ込もうと体勢を崩した一瞬の隙。
 カラン、と手錠の鍵が落ちた。

 ハッとして、小川と平屋は、足元に落ちた銀色の鍵をすかさず拾い上げていた。

「おい! 触るな!」

 佐藤刑事は怒鳴るが、二人の顔は真っ青で、その目には覚悟がにじんでいた。

「すんません、佐藤刑事!
 でも、未知が待ってるなら、俺たち、行かなきゃ……!」

「……ばっきゃろう! おい、やめろ! もう直ぐ暗くなる!夜の樹海だぞ!」
 佐藤の制止も聞かず、小川と平屋は迷うことなく暗闇の森へと飛び込んでいく。

「くそっ! 待て!!」

 男を力ずくで地面に押さえつけながら、佐藤は無線機を掴んで怒鳴った。

「こちら佐藤!
 ゲームマスターと名乗る被疑者確保!
 が、少年二名、西湖側の樹海へ侵入した! 至急応援頼む!一刻を争う!」

 佐藤の焦燥に満ちた怒号を背に受けながら、二人の姿はあっという間に樹海の闇へと吸い込まれていった。

(あいつら……! すぐ追いかけてやる! 迷うんじゃねーぞ!)

 やがて、応援部隊到着とともに、SOSのモールス信号と無線電波がキャッチされ、突入許可が出された。

 ***

 平屋はスマホのライトをかざした。

「どっちにいきます?」

 小川は、辺りを見回してから、

「さっきの男が出てきた道をたどろう。それと、これはお前が持っててくれ。俺だと落としそうだ」

 と銀色の鍵を平屋に預けた。
 鬱蒼とした苔むした道なき道を二人は歩く。とにかく、下ってさえいけばあの船の場所には行き着くのだ。

「お前。パトカーで待ってたらよかったのに」
「先輩一人行かすわけにはいかないでしょ」
「そうだな」

 確信は何もなかったけれど、やっと未知のもとにたどり着ける。もうそこまで来ている――そんな思いでふたりは足を進める。

 やがて小川の足元に、きらりと光るものが見えた。

(……? 見覚えがある)

 平屋がスマホのライトで足元を照らす。
 拾ってみると、小さな水晶だった。
 夏祭りの日、智子が未知の手首にプレゼントしていた。

(もしかすると……これは……)

 樹海の木々は、彼らの行く手を阻むかのように複雑に絡み合うなかを、それだけを頼りに二人は進む。

 どれくらい経っただろうか。

「バリバリバリバリ!」

 頭上から、ヘリコプターの音が聞こえてきた。サーチライトが、樹海を照らし出す。

「多分あれは応援部隊が到着したんだ!」

 平屋が声を上げる。
 小川は確信した。拉致された中学生たちがいる場所を、ヘリコプターが発見してくれたに違いない。

(もう少しだ! 未知、無事でいてくれ!)

 希望の光が見えた瞬間、にぎやかな話し声が聞こえ始めた。

「やった! 助かるぞ!」
「こっち! こっち!」

 明るい中学生たちの声だ。小川は、その声に向かってつまづきながらも必死に走った。平屋もその後を追う。

「やった! みんなは無事だ!」

 そう思い駆け寄ったところで、驚きの光景が広がった。
 中学生たちは、皆、手錠を片手にかけられ、ペアになっていた。その中の、未知の隣にいる男子生徒は、初めて見る顔だ。
 けれど、その男子生徒は、片手で未知の口を塞ぎ、不敵に笑う緑の瞳をしていた。

「あれは……」

 小川の直感が叫んだ。
 この状況。おびえる未知。ならばあいつは……!

「イワン!」

 小川は、その名を叫んだ。
 その瞬間、未知とイワンの顔が、小川たちの方を向いた。
 イワンは不敵な笑みを浮かべたまま、未知を人質に取ろうと樹海に向かって後ずさる。

「平屋!」

 小川は叫んだ。
 その意図にすぐに気づいた平屋が、ポケットから何かを取り出した。

「未知! これを使え!」

 平屋は、未知に手錠の鍵を投げた。

 キラリ!

 宙を舞った鍵は、サーチライトの反射により奇跡のように未知の手におさまると同時に、鍵を回し始めた。

「おおおおおお!」

 小川は、自分でも意識しないうちに、叫んで突進した。未知から手錠が外れると同時に、イワンの襟元を掴み、

「おりゃあああ!!!」

 渾身の力で背負い投げをしていた。

 ドスン!

 イワンは、地面に投げつけられた。
 その瞬間、小川の背後からものすごい勢いで佐藤刑事が走り込み、同じく到着したみゆお刑事が投げられたイワンにのしかかり、その自由をすぐさま奪った。

 何が起こったのかわからず呆然とした未知の姿を確認した小川と平屋は、思わず声を上げる。

「未知、いたな。……よかったあ――――――」

 とその場にへたりこんだ。