探偵研究部。――カケラノセカイ―― ③ サマーゲームパーティー

時間は八月一日、午前零時を回っていた。

 九頭龍祭の混雑で渋滞した芦ノ湖から、佐藤刑事とみゆお刑事は県警本部まで帰って来た。
 その道中、眠気交じりの小川と平屋をそれぞれの自宅まで送り届けたばかりだ。

 有栖川美知誘拐事件は、本日も進展がなかった。

 美知の捜索に何かきっかけがつかめれば、と藁にもすがる思いで、サマーゲームパーティーの大型バスを追ったが、大型バスは消息を絶ち、手がかりは掴めなかった。
 ――すでに佐藤刑事は仮眠のため、自宅へ戻っている。

「さて、と……」

 みゆお刑事は、湯気の立ったコーヒーを片手にデスクに座ると、パソコンより富士五湖の衛星写真を取り出した。

(この五つの湖のどこかにいるのだろうか……?)

 根拠はない。
 中学生たちが導き出した直感だ。しかし、これまでの謎めいた手がかりを考えれば、そこにいる可能性は十分にあった。

 そんな時、内線電話が鳴った。

「みゆお、お前まだ残っていたのか?」

 同じ部署の刑事が、疲れた声で言った。

「何かあったんですか?」
「いや、それが……同じ内容の一一〇番通報が、この数時間で数件入っててな。みんな、子どもが『サマーゲームパーティー』っていうツアーに参加してるんだとよ」

 みゆお刑事の目がきらりと光った。

「それで?」
「連絡が取れないんだと。スマホのGPSも使えないって」

 みゆお刑事の心臓が、ドクリと音を立てた。

「運営会社に連絡しても出ない。ミステリーツアーでも、保護者には行き先を教えますよね? って、保護者はみんな不安になってる」
「……」

 みゆお刑事は、頭の中で不安を訴える保護者の声と、最後に見た横たわっていく未知の姿がカチリとつながった。

 これは、もう推測ではない。確信だ。

 ――翌日、有栖川美知誘拐事件の捜査本部が置かれた隣の部屋に、新たな看板が掲げられた。

『中学生集団拉致事件』

 ******

 八月一日朝八時三十分。

 県警本部に設置された「中学生集団拉致事件」の捜査本部。

「まず、昨日の有栖川美知誘拐事件と、中学生集団失踪事件は、同一犯によるものと見て間違いないでしょう」

 捜査員たちが、ざわめきながら、みゆお刑事を見つめる。

「昨日、サマーゲームパーティー参加の子どもたちが乗り込んだバスは、厚木インターチェンジを過ぎたあたりで消息を断ちました。
その際に、バスに同乗の『民間人協力者』の持つGPS信号も、音声データも、同時に途絶しています。
これは、単なる通信障害ではありません。何者かが意図的に妨害したと見ています」

 みゆお刑事は、ホワイトボードに東京駅から厚木インターチェンジまでのルートと、その先の地図を書き込む。

「そして、これは推測の域を出ませんが……。ゲームマスターが出題したクイズの内容から、子どもたちがいる場所は、富士五湖のどこかである可能性が高いです」
「根拠は?」
 即座に声が上がる。
 その根拠は、バス車中でのクイズの答えが「富士五湖」だったということーーこれ一点だった。その根拠を説明すると、案の定、捜査員たちは半信半疑の表情を浮かべた。

 時間の経過とともに、事態は深刻さを増して行った。

 まず主催の「ゲームの達人」。
 このサイトの運営母体を調べると、存在しないダミー会社であることが判明した。
 途中まで追った貸切バスのナンバーは、厚木の先では見つからない。
 大型バスを取り扱うバス会社に問い合わせても、同じ車体のバスは存在していなかった。

 みゆお刑事は思った。

「あの子たちに、期待するしかない」

******

 時間は、少し前にさかのぼる。

 八月一日 午前五時。

 佐藤刑事は、自宅のドアを開けてうんざりした。
 小川と平屋が、キリリとした顔で、「おはようございます!」と立っているのだ。
 彼らを家に返したのが夜十一時を過ぎていたはずなのに、今はまだ朝五時だ。それなのに、このつやつやした十代の顔色!

「俺はようやく仮眠に入ったばっかりだが? お前たちに俺の住所を教えたのは『万が一』のためだぞ」

 ぼさぼさの頭をかきながら、佐藤は低い声で唸るように言った。

「はい! だから!」

 小川がビシッと指を突き立てる。指の先には平屋のタブレットが地図を指している。

「僕たちを連れて! 富士五湖までドライブに行けばいいと思います!」

 平屋がそれに続いた。

「はい、ドライブが良いと思います!」

 二人は声を揃えて言った。

「何の真似だよ、それ」

 思わず眠気の残った声を漏らしながらも、刑事の頭は、安アパート前で早朝から子供が騒いでるのは職務上大変よろしくない、と判断した。

「わかった! わかった! 黙れ!」

 佐藤は観念したように深くため息をつき、ぼりぼりと頭を掻いた。

「いいか、勘違いすんなよ。
 俺は刑事だ、お前らの私的なドライブに付き合う気はねえ。今日の非番は取り消して、覆面パトカーを出す」

「え……じゃあ、俺たちは……?」

 小川が戸惑うと、佐藤は鋭い目で二人を睨みつけた。

「お前らは『有栖川家からの要請による特別協力者』として本部に申請してやる。
 公務としての同行だ。……その代わり、現場に着いたら絶対に俺の指示に従えよ。
 わかったな、ガキども!」

 その言葉の意味を理解した二人は、顔を見合わせて満面の笑みを浮かべた。

「了解であります!」
「了解であります!」

 二人は完璧な敬礼をして見せた。

「敬礼してんじゃねえ!」

 佐藤は頭を抱え、再び大きなため息をついた。
 非番の朝は、思いもよらない形で始まった。