探偵研究部。――カケラノセカイ―― ③ サマーゲームパーティー

 二十一人が、クルーザーの上で無事を喜び、安堵の息をついていたその後のことだ。

『ヴヴヴヴ……』

 突如唸り始めたエンジンに、操舵室の小笠原(スパロウ)は慌てて声を上げる。

「おい……。まずいぞ! こいつ、動き始めるぞ! 誰か船に詳しい奴いないか?」

 キュービーが甲板に向かって声を上げる。

「おい! 船に詳しい奴! さっきのジェダイとチョコレート! 他にも詳しい奴はいないか?」

 慌てて操舵室に入ってきたのは、ジェダイとチョコレートと『OPAPI』だった。

「え……まさか自動運転になってるのか? 湖で?」
 OPAPIはハンドルを握った。
「動き始めてる! まずい! 左舷側はまだボートがつながったままだ。七艘のボートの重さでこちらが転覆する可能性もある!」

 ジェダイが血相を変える。
 ――先ほどまでの命綱が命取りになりかねない。

「危険だ。切り離せ! ジェダイ! できるか?」

 小笠原の言葉に、ジェダイは頷き、
「いくぞ! チョコレート、一緒に来てくれ!」
 と左舷へ向かう。

 OPAPIと小笠原は船内の計器を見るが、なぜかモニターの電源は入らない。故意に断線されたようだ。

「ゲームマスターの野郎。最後っ屁かよ……!」
 忌々し気に小笠原は舌打ちする。
「これじゃどこに向かってるかわからない!」

「まさか岸に突っ込む気じゃ?」とキュービー。

「わからない。とにかく、オート(自動)からマニュアル(手動)に切り替えよう!」
「できるのか?」

 小笠原が聞くと、OPAPIは計器類を確認し始める。
「親の船の見よう見まねだ。腕は保証しないけど、許してくれよ!」

 左舷にたどり着いたジェダイとチョコレートは、船尾にあるクリートの『もやい結び』を二人がかりで外した。
 ロープを湖に投げ捨てる。

「みな、手すりでもなんでもいい! 振り落とされないように何かに捕まれ!」
 操舵室から顔を出したキュービーが叫ぶ。

 直後、クルーザーは右に傾いたあと平衡を保ち、エンジンは唸りを上げ、前進し始めた。
 甲板で手すりにしがみついているナイチンゲール達が後ろを振り返ると、さきほどまでデスゲームの舞台だった七艘のボートが、主を失い湖面にぽつんと置いてきぼりになっていた。

「あ……見て……!」

 チャーミーが息を飲んだ。
 いつの間にか霧は晴れて、青空が見える。

 皆は前を向いて、そして見上げる。
 深く影を落とす鬱蒼とした緑の森の上に、驚くほどにくっきりとその姿を見せる――。

「富士山……」

 クルーザーは、湖面の逆さ富士を横切るように、緑の森へ向かって行く。
岸に打ち捨てられた黄色い丸い物体に、キュービーは声を上げた。

「あの黄色いのなんだ? ゲームマスターのゴムボートじゃないか?」
「あの場所に引き寄せられてる! おい! オート解除まだか?」
「これだ!」

 OPAPIは、ようやく計器盤の『STANDBY』ボタンを見つけた。
しっかりと押し込むと、オートパイロットが解除された警告音が鳴る。

「よし! マニュアルに切り替わった! とにかく、岸に激突する前に止めるからな」

「スロットル、ニュートラル!」
 OPAPIがレバーを手前に引くと、クルーザーの唸るようなエンジン音がすっと消え、船は波を切り裂く惰性だけで進み始めた。
「スクリューを岩にぶつけないようにプロペラを上げる! みんな、何かに掴まれ!」

 キュービーが皆に指示を出した。
 そうして、ゆっくりと船は岸に近づき、

 ゴ……、ゴ……、ゴ……。

 船底に鈍く岩をこすりつけるような音を立てて、やがて船は完全に停止した。

「と……とまった……!」
 肩で息をして、OPAPIがエンジンを完全に止めると、キュービーが抱きついてきた。
「よくやった! よくやったよ!!」

 小笠原が甲板に出ると、みな、ぐったりしつつも怪我はなさそうだった。
手を差し出し合って、みな立ち上がった。

「さあ、この後どうする?」
 二十一人は甲板で車座になった。じりじりと太陽は照りつけ始める。
 キュービーは皆に指示を出し始めた。

「まず、何とかしてこの場所から誰か外部に助けを呼ばなきゃならない。そのためには俺たち自身の安全が第一だ。まず、飲み水。食べ物。みんな、手持ちでどれくらい持ってる?」

 みな、小さな手荷物から探るが、わずかなお菓子が出てくるだけだ。

「まずいな……飲み水がないのが一番きつい」
 キュービーが頭を抱えると、空いた扉から操舵室をのぞいた『べろんちょ』が声を上げる。

「ね……ねえ! その操舵室にある段ボールなんだけど……!」
「あ?」

 すかさずそれを開けると、ペットボトルの飲み水と栄養補助食のビスケットが、人数分入っている。

「食べてろってことかよ!」
 と悪態を付きながらも、みな食べ始めた。

 栄養を取り、みんながすこし顔色も戻り元気を取り戻した頃、二十一人はある決断をした。

 ――このクルーザーは捨てる。

 船底が擦れて、もう一度湖を航行できるかは不明だった。
 ならば、自分たちが上陸し、通りがかりの人なりを見つけて救援を呼ぶしかない。

 何か持ち物で、役立つものは無いか、声を掛け合った。

「役立つもの……スマホも何もかも没収されてるからな」
「はさみ! ……じゃ駄目よね」
「懐中電灯って役に立つかな?」
「手持ちのファンとかは?」
「絆創膏は持ってきてたよ」
「マステ……何巻かある」
「無線機なら使えるけど」
「メモとノート……は、みんな持ってるか!」

「俺は腹時計!」
 キュービーが見せつけた見事なシックスパックに笑いが起こり、頭を軽く小笠原が小突いて「俺は、天文だよ」と立ち上がる。

 縄梯子を使ってキュービーが先陣を切って岸へ降り立ち、続いて小笠原も岩場へと降りる。
 しかし、足元の岩をひと撫でし、周囲の鬱蒼とした森を見上げた小笠原は、険しい表情でピタリと足を止めた。

(なんだ、この岩は……。コンクリートの護岸もない。これはただの石じゃない、溶岩だ)

「よし、足場は悪くない。みんなもゆっくり降りてこい!」
 キュービーの呼びかけで、残りのメンバーも次々と岩場へ降り立った。

 チャーミーがふと、不安そうな顔で周囲を見渡した。
「ねえ、ここ、本当に芦ノ湖? 私、毎年親と訪れるけど、こんな場所初めて見るように思える」
「さっきクルーザーを停めるために無理やり付けた岸だもん。いつもは見られない場所なんじゃないかな」

 ハムスターも首をかしげた。
「確かに、観光地にしては静かすぎる。人がいれば、すぐに助けを呼べるのに」

 その時、キュービーが手首の腕時計を見て首を傾げた。
「おかしい! 俺の腹時計だととっくに昼はすぎているのに、ホテルを出たのは七時半、まだ午前の十一時だぞ」
「えー。まだそんな時間なの?」
「一生分時間使ったかと思った」

 パニックになっていた湖上の時間を振り返って、みなが口々に言いだしたその時。
 皆の言葉を聞いていた小笠原は、何かを確信したように、傍に置いていた大きなボックス型のリュックからある物を取り出した。

 円を六等分した扇形。
 ちょうど、一枚のピザをきれいに切り分けたような形の、真鍮製の重々しい道具だった。

「それ……」
「何……」
 皆は固まった。

 未知は、その道具を見て、瞬間固まった。実物を見るのは初めてだった。
「まさか、それ……六分儀(ろくぶんぎ)!?」

 小笠原は大きく頷いた。
「そう、これなら、太陽の高度と角度から正確な現在地と時間がわかるでしょ」

 そうして、彼は六分儀を構え、太陽に照準を合わせていく。手元のノートに高速で書き出していく数式は、一見すると何のことかわからない。
 また、定規と使い込まれた地図を広げる。
 そうして、割り出した数値を見たスパロウが、ようやく顔を上げた。

「……腹筋。じゃなくて、キュービー。お前の腹時計、大正解だよ。今は午後一時半だ」

 彼は皆をじっと見つめ、ゆっくりと続けた。

「それから、この場所のことだけど……ここは、芦ノ湖じゃない」

 一同は息をのんだ。
 むせるような木々の湿った風が、彼らの背中を通り過ぎた。

※六分儀(Sextant)は、天体と水平線との間の角度を測定するための航海用の光学機器。主に船や航空機で、正確な位置を特定するために使用する。