探偵研究部。――カケラノセカイ―― ③ サマーゲームパーティー

 七艘すべてのボートで、参加者たちがタブレットの解答欄に『回答拒否』と入力する。

 キュービーが大きく掲げた右手を、力強く振り下ろした。
それを合図に、七艘で一斉に送信ボタンが押される。

 静けさが湖面を支配した。

 ……やがて、タブレットのスピーカーから、デジタル処理された無機質な声が響き渡る。

『……よくぞこちらの罠に気づいたね。

 そう、ルールが後出しされた時点で、あの論理パズルは破綻していた。つまり、最適解は【回答拒否】。正解だ。

 おめでとう。全船、前進を許可しよう』

 全員がほっと胸をなでおろした。

 その言葉を合図に、停止していた七艘のボートのエンジンが唸りを上げ、漆黒のクルーザーの左舷(さげん)側へ向かって引き寄せられていく。

 カチャリ、とクルーザーの操舵室の扉が開いた。
 高さでよく見えないが、あれはゲームマスターだろう。

 高い甲板から湖上に向けて、何かが無造作に落とされた。
 鈍い音を立てて垂れ下がってきたのは――乗船用の縄梯子(なわばしご)だった。

 また操舵室の扉が閉まり、タブレットより音声が流れる。

『お待たせ……。
 それでは最終問題だ。

 みんな、目の前に見える『それ』は何に見えるかな?
 縄梯子? いや、そうじゃない。
 天井から降ろされたか細い『蜘蛛の糸』だと思わないかい?

 ……もしも、この問題に正解したら、今の順位にかかわらずこの船に乗せてあげることができるよ。

【船七】はもう、息も絶え絶えだね。船の水は掬い出せたかな?
【船二】は?【船三】は?
 足元が濡れてて不快だろう?

 クルーザーにさえ乗れば、それは解消できるよ。さあ、ここまでおいで。

 それでは最終問題だ。

『最終問題:最も信頼できるチームは?』

 さあ、どう答える? 一分で答えたまえ』

【船一】の未知は、直感でタブレットに書きなぐり、同船の二人と、そして後続の船にそれを見せる。

【船五】の小笠原も同じく書きなぐり、後ろに見せ、【船二】のキュービーも書きなぐっていく。
 リレーが続き、そして最後尾の【船七】ベロンチョが書き終えると同時に、ゲームマスターの声が響く。

『ちょうど一分。では、答えを』

 未知は、ふう、と息を吐いてから声を出した。

『全員』

 二十一人。皆の声が重なった。
 小笠原が叫ぶ。

「先ほどの『回答拒否』と一緒だ。そっちがフェアプレーを捨てた時点で、こっちももう好き勝手やらせてもらう!」

「さっき見たんだ! ボートの船首にあるロッカーに、バケツも、牽引用のロープもそろっていた! これがあれば、自力でそこまでたどり着ける」

 とチョコレートが声を上げた。

「もう、俺たちは俺たちで何とかそっちまでたどり着いてやる! ゲームマスター! 首洗って待ってろ!」

 キュービーだ。

『全員……か。なるほど。君たちの導き出した答えだな。

 よかろう。
 認めてやる。全員に数メートル前進の許可を与える』

 そうして数メートル進み、【船一】【船五】が縄梯子に到達すると、男子のたこ星人、ジェダイ、小笠原の順番に、ゆっくりとそれにしがみつき、クルーザーの甲板(デッキ)へとよじ登った。

 すると、異変に気付いてすぐにたこ星人が声を上げる。

「大変だ! ゲームマスターがいない!」
「モーター付きのゴムボートで、右舷側から逃げてくぞ!」
 
 ジェダイの声に小笠原が顔を上げ、右舷側の湖を見る。
 黄色の丸いゴムボートが湖面に波だけを残し小さくなっていく。
 
 小笠原が忌々し気に唸る。
「あいつ……!最初から俺たちを置き去りにする気だったんだ……!」

「とにかく、全員をクルーザーに乗せないと! どうしたらいい!?」
 下で待機している未知が叫ぶ。

 ジェダイはその声に応えて体を乗り出した。
「クルーザーにロープを結ぶんだ!
 この船を起点(アンカー)にして、後ろの船までロープを届けて引っ張る! そうすれば絶対に引き寄せられる! ナイチンゲール、ロープを投げて!」

 未知が、束ねたロープの端を力一杯上へ投げ渡す。

 手を伸ばし、それを受け取ったジェダイは即座に甲板を走り、クルーザーの船尾にあるクリート(係留用の頑丈な金具)に、『もやい結び』で素早く強固に結びつけた。
「すげえ。なんで知ってる?」とたこ星人が隣で感心する。
「海釣りが趣味な奴の基礎知識だよ」と言って、するすると梯子をつたい【船一】にもどり、【船一】の金具に括り付け、同じく【船一】を【船五】の金具に括り付けた。

 同時に、さっちんとハムスターが、ハッチから取り出した赤いバケツに、もう反対側のロープの端を巻きつける。

「後ろの船、受け取って――!」

 力いっぱい投げたプラスチックのバケツが、湖面を跳ね、後続の【船三】のキュービーがそれをガッチリとキャッチする。

「おっと! よっしゃ! 繋ぐぞ!」

 キュービーがそれを自船のバウアイ(牽引金具)に結びつけ、さらに余ったアンカーロープを使う。
 他の船も備品を使い、【船二】、【船四】……と、後続の船同士を次々と数珠繋ぎに結び合わせ、最後の【船七】まで届いた。

「金具に八の字にからめてしっかり結べ! できるな?」

「うん!」
【船七】の三人は、藁にもすがるように、しっかりとそのロープを括り付けた。

 これで七艘すべてのボートが、一本の太い命綱で繋がった。

「引っ張るぞ! せーのっ!」

 甲板の上は、小笠原、ジェダイ、たこ星人が踏ん張り、力一杯ロープを引く。
下のボートでも、残ったメンバーが必死にロープを手繰り寄せた。

「手袋しててよかったZEE!」

【船四】のQUEENも得意げに叫びながら、【船七】を引っ張る。
摩擦で手が痛くなりながらも、二十一人の子供たちは必死にロープを引き続けた。
「オーエス、オーエス!」
 綱引きの掛け声が上がる。

「もう少しだ! 頑張れ!」
「負けるな!」

 水を吸っているボートは重い。
 が、クルーザーという強固な支点と、全員の力が合わさることで、確実に距離を縮めていく。
 ボートがクルーザーに横付けされた後は、皆で手を差し伸べ合い、協力して縄梯子を登っていった。

 最後尾の【船七】のメンバーが甲板に降り立った時、ベロンチョたちは足から崩れ落ちた。

「助かった……」
「良かった……」

 張り詰めていた糸が切れ、三人は甲板に座り込んで泣き出していた。

 誰一人欠けることなく、この船に乗り込めた奇跡。
 それを全員がしばし無言で噛みしめていた。