七艘すべてのボートで、参加者たちがタブレットの解答欄に『回答拒否』と入力する。
キュービーが大きく掲げた右手を、力強く振り下ろした。
それを合図に、七艘で一斉に送信ボタンが押される。
静けさが湖面を支配した。
……やがて、タブレットのスピーカーから、デジタル処理された無機質な声が響き渡る。
『……よくぞこちらの罠に気づいたね。
そう、ルールが後出しされた時点で、あの論理パズルは破綻していた。つまり、最適解は【回答拒否】。正解だ。
おめでとう。全船、前進を許可しよう』
全員がほっと胸をなでおろした。
その言葉を合図に、停止していた七艘のボートのエンジンが唸りを上げ、漆黒のクルーザーの左舷(さげん)側へ向かって引き寄せられていく。
カチャリ、とクルーザーの操舵室の扉が開いた。
高さでよく見えないが、あれはゲームマスターだろう。
高い甲板から湖上に向けて、何かが無造作に落とされた。
鈍い音を立てて垂れ下がってきたのは――乗船用の縄梯子(なわばしご)だった。
また操舵室の扉が閉まり、タブレットより音声が流れる。
『お待たせ……。
それでは最終問題だ。
みんな、目の前に見える『それ』は何に見えるかな?
縄梯子? いや、そうじゃない。
天井から降ろされたか細い『蜘蛛の糸』だと思わないかい?
……もしも、この問題に正解したら、今の順位にかかわらずこの船に乗せてあげることができるよ。
【船七】はもう、息も絶え絶えだね。船の水は掬い出せたかな?
【船二】は?【船三】は?
足元が濡れてて不快だろう?
クルーザーにさえ乗れば、それは解消できるよ。さあ、ここまでおいで。
それでは最終問題だ。
『最終問題:最も信頼できるチームは?』
さあ、どう答える? 一分で答えたまえ』
【船一】の未知は、直感でタブレットに書きなぐり、同船の二人と、そして後続の船にそれを見せる。
【船五】の小笠原も同じく書きなぐり、後ろに見せ、【船二】のキュービーも書きなぐっていく。
リレーが続き、そして最後尾の【船七】ベロンチョが書き終えると同時に、ゲームマスターの声が響く。
『ちょうど一分。では、答えを』
未知は、ふう、と息を吐いてから声を出した。
『全員』
二十一人。皆の声が重なった。
小笠原が叫ぶ。
「先ほどの『回答拒否』と一緒だ。そっちがフェアプレーを捨てた時点で、こっちももう好き勝手やらせてもらう!」
「さっき見たんだ! ボートの船首にあるロッカーに、バケツも、牽引用のロープもそろっていた! これがあれば、自力でそこまでたどり着ける」
とチョコレートが声を上げた。
「もう、俺たちは俺たちで何とかそっちまでたどり着いてやる! ゲームマスター! 首洗って待ってろ!」
キュービーだ。
『全員……か。なるほど。君たちの導き出した答えだな。
よかろう。
認めてやる。全員に数メートル前進の許可を与える』
そうして数メートル進み、【船一】【船五】が縄梯子に到達すると、男子のたこ星人、ジェダイ、小笠原の順番に、ゆっくりとそれにしがみつき、クルーザーの甲板(デッキ)へとよじ登った。
すると、異変に気付いてすぐにたこ星人が声を上げる。
「大変だ! ゲームマスターがいない!」
「モーター付きのゴムボートで、右舷側から逃げてくぞ!」
ジェダイの声に小笠原が顔を上げ、右舷側の湖を見る。
黄色の丸いゴムボートが湖面に波だけを残し小さくなっていく。
小笠原が忌々し気に唸る。
「あいつ……!最初から俺たちを置き去りにする気だったんだ……!」
「とにかく、全員をクルーザーに乗せないと! どうしたらいい!?」
下で待機している未知が叫ぶ。
ジェダイはその声に応えて体を乗り出した。
「クルーザーにロープを結ぶんだ!
この船を起点(アンカー)にして、後ろの船までロープを届けて引っ張る! そうすれば絶対に引き寄せられる! ナイチンゲール、ロープを投げて!」
未知が、束ねたロープの端を力一杯上へ投げ渡す。
手を伸ばし、それを受け取ったジェダイは即座に甲板を走り、クルーザーの船尾にあるクリート(係留用の頑丈な金具)に、『もやい結び』で素早く強固に結びつけた。
「すげえ。なんで知ってる?」とたこ星人が隣で感心する。
「海釣りが趣味な奴の基礎知識だよ」と言って、するすると梯子をつたい【船一】にもどり、【船一】の金具に括り付け、同じく【船一】を【船五】の金具に括り付けた。
同時に、さっちんとハムスターが、ハッチから取り出した赤いバケツに、もう反対側のロープの端を巻きつける。
「後ろの船、受け取って――!」
力いっぱい投げたプラスチックのバケツが、湖面を跳ね、後続の【船三】のキュービーがそれをガッチリとキャッチする。
「おっと! よっしゃ! 繋ぐぞ!」
キュービーがそれを自船のバウアイ(牽引金具)に結びつけ、さらに余ったアンカーロープを使う。
他の船も備品を使い、【船二】、【船四】……と、後続の船同士を次々と数珠繋ぎに結び合わせ、最後の【船七】まで届いた。
「金具に八の字にからめてしっかり結べ! できるな?」
「うん!」
【船七】の三人は、藁にもすがるように、しっかりとそのロープを括り付けた。
これで七艘すべてのボートが、一本の太い命綱で繋がった。
「引っ張るぞ! せーのっ!」
甲板の上は、小笠原、ジェダイ、たこ星人が踏ん張り、力一杯ロープを引く。
下のボートでも、残ったメンバーが必死にロープを手繰り寄せた。
「手袋しててよかったZEE!」
【船四】のQUEENも得意げに叫びながら、【船七】を引っ張る。
摩擦で手が痛くなりながらも、二十一人の子供たちは必死にロープを引き続けた。
「オーエス、オーエス!」
綱引きの掛け声が上がる。
「もう少しだ! 頑張れ!」
「負けるな!」
水を吸っているボートは重い。
が、クルーザーという強固な支点と、全員の力が合わさることで、確実に距離を縮めていく。
ボートがクルーザーに横付けされた後は、皆で手を差し伸べ合い、協力して縄梯子を登っていった。
最後尾の【船七】のメンバーが甲板に降り立った時、ベロンチョたちは足から崩れ落ちた。
「助かった……」
「良かった……」
張り詰めていた糸が切れ、三人は甲板に座り込んで泣き出していた。
誰一人欠けることなく、この船に乗り込めた奇跡。
それを全員がしばし無言で噛みしめていた。
キュービーが大きく掲げた右手を、力強く振り下ろした。
それを合図に、七艘で一斉に送信ボタンが押される。
静けさが湖面を支配した。
……やがて、タブレットのスピーカーから、デジタル処理された無機質な声が響き渡る。
『……よくぞこちらの罠に気づいたね。
そう、ルールが後出しされた時点で、あの論理パズルは破綻していた。つまり、最適解は【回答拒否】。正解だ。
おめでとう。全船、前進を許可しよう』
全員がほっと胸をなでおろした。
その言葉を合図に、停止していた七艘のボートのエンジンが唸りを上げ、漆黒のクルーザーの左舷(さげん)側へ向かって引き寄せられていく。
カチャリ、とクルーザーの操舵室の扉が開いた。
高さでよく見えないが、あれはゲームマスターだろう。
高い甲板から湖上に向けて、何かが無造作に落とされた。
鈍い音を立てて垂れ下がってきたのは――乗船用の縄梯子(なわばしご)だった。
また操舵室の扉が閉まり、タブレットより音声が流れる。
『お待たせ……。
それでは最終問題だ。
みんな、目の前に見える『それ』は何に見えるかな?
縄梯子? いや、そうじゃない。
天井から降ろされたか細い『蜘蛛の糸』だと思わないかい?
……もしも、この問題に正解したら、今の順位にかかわらずこの船に乗せてあげることができるよ。
【船七】はもう、息も絶え絶えだね。船の水は掬い出せたかな?
【船二】は?【船三】は?
足元が濡れてて不快だろう?
クルーザーにさえ乗れば、それは解消できるよ。さあ、ここまでおいで。
それでは最終問題だ。
『最終問題:最も信頼できるチームは?』
さあ、どう答える? 一分で答えたまえ』
【船一】の未知は、直感でタブレットに書きなぐり、同船の二人と、そして後続の船にそれを見せる。
【船五】の小笠原も同じく書きなぐり、後ろに見せ、【船二】のキュービーも書きなぐっていく。
リレーが続き、そして最後尾の【船七】ベロンチョが書き終えると同時に、ゲームマスターの声が響く。
『ちょうど一分。では、答えを』
未知は、ふう、と息を吐いてから声を出した。
『全員』
二十一人。皆の声が重なった。
小笠原が叫ぶ。
「先ほどの『回答拒否』と一緒だ。そっちがフェアプレーを捨てた時点で、こっちももう好き勝手やらせてもらう!」
「さっき見たんだ! ボートの船首にあるロッカーに、バケツも、牽引用のロープもそろっていた! これがあれば、自力でそこまでたどり着ける」
とチョコレートが声を上げた。
「もう、俺たちは俺たちで何とかそっちまでたどり着いてやる! ゲームマスター! 首洗って待ってろ!」
キュービーだ。
『全員……か。なるほど。君たちの導き出した答えだな。
よかろう。
認めてやる。全員に数メートル前進の許可を与える』
そうして数メートル進み、【船一】【船五】が縄梯子に到達すると、男子のたこ星人、ジェダイ、小笠原の順番に、ゆっくりとそれにしがみつき、クルーザーの甲板(デッキ)へとよじ登った。
すると、異変に気付いてすぐにたこ星人が声を上げる。
「大変だ! ゲームマスターがいない!」
「モーター付きのゴムボートで、右舷側から逃げてくぞ!」
ジェダイの声に小笠原が顔を上げ、右舷側の湖を見る。
黄色の丸いゴムボートが湖面に波だけを残し小さくなっていく。
小笠原が忌々し気に唸る。
「あいつ……!最初から俺たちを置き去りにする気だったんだ……!」
「とにかく、全員をクルーザーに乗せないと! どうしたらいい!?」
下で待機している未知が叫ぶ。
ジェダイはその声に応えて体を乗り出した。
「クルーザーにロープを結ぶんだ!
この船を起点(アンカー)にして、後ろの船までロープを届けて引っ張る! そうすれば絶対に引き寄せられる! ナイチンゲール、ロープを投げて!」
未知が、束ねたロープの端を力一杯上へ投げ渡す。
手を伸ばし、それを受け取ったジェダイは即座に甲板を走り、クルーザーの船尾にあるクリート(係留用の頑丈な金具)に、『もやい結び』で素早く強固に結びつけた。
「すげえ。なんで知ってる?」とたこ星人が隣で感心する。
「海釣りが趣味な奴の基礎知識だよ」と言って、するすると梯子をつたい【船一】にもどり、【船一】の金具に括り付け、同じく【船一】を【船五】の金具に括り付けた。
同時に、さっちんとハムスターが、ハッチから取り出した赤いバケツに、もう反対側のロープの端を巻きつける。
「後ろの船、受け取って――!」
力いっぱい投げたプラスチックのバケツが、湖面を跳ね、後続の【船三】のキュービーがそれをガッチリとキャッチする。
「おっと! よっしゃ! 繋ぐぞ!」
キュービーがそれを自船のバウアイ(牽引金具)に結びつけ、さらに余ったアンカーロープを使う。
他の船も備品を使い、【船二】、【船四】……と、後続の船同士を次々と数珠繋ぎに結び合わせ、最後の【船七】まで届いた。
「金具に八の字にからめてしっかり結べ! できるな?」
「うん!」
【船七】の三人は、藁にもすがるように、しっかりとそのロープを括り付けた。
これで七艘すべてのボートが、一本の太い命綱で繋がった。
「引っ張るぞ! せーのっ!」
甲板の上は、小笠原、ジェダイ、たこ星人が踏ん張り、力一杯ロープを引く。
下のボートでも、残ったメンバーが必死にロープを手繰り寄せた。
「手袋しててよかったZEE!」
【船四】のQUEENも得意げに叫びながら、【船七】を引っ張る。
摩擦で手が痛くなりながらも、二十一人の子供たちは必死にロープを引き続けた。
「オーエス、オーエス!」
綱引きの掛け声が上がる。
「もう少しだ! 頑張れ!」
「負けるな!」
水を吸っているボートは重い。
が、クルーザーという強固な支点と、全員の力が合わさることで、確実に距離を縮めていく。
ボートがクルーザーに横付けされた後は、皆で手を差し伸べ合い、協力して縄梯子を登っていった。
最後尾の【船七】のメンバーが甲板に降り立った時、ベロンチョたちは足から崩れ落ちた。
「助かった……」
「良かった……」
張り詰めていた糸が切れ、三人は甲板に座り込んで泣き出していた。
誰一人欠けることなく、この船に乗り込めた奇跡。
それを全員がしばし無言で噛みしめていた。



