探偵研究部。――カケラノセカイ―― ③ サマーゲームパーティー

『さあ、早速ピンチの船があるねえ。
問題ではないけれど、サービスでこのゲームをクリアするヒントを教えてあげるよ』

 スピーカーからは、低いデジタル処理された声が、悪意をもって流れてきた。

『君たちのボートは今、水が入り込み沈みかねない危険な状況だ。
 さあ、こんな時、どうするか?
 賢明な船員なら重い荷物を捨てるだろうね?

 重い荷物……。
 つまりこの船の中で『最も価値のない一人』をボートから湖へ突き落とせば、ボートは軽くなり、残りの二人は確実に助かる。
 それに、ほら、ライフジャケットを着てるから、すぐに沈むわけじゃない』

 船の皆がそれぞれの顔を見る。その顔は、みな恐怖で青ざめていた。

【船七:ベロンチョ/おぶちゃん/ラッキー】

 すでに三回目の浸水により、後がない船七は、互いの顔をちらちらと見ていた。
 ――絶対に湖には落ちたくない。
 かといって誰かを代わりに突き落とすなんて、できるはずもなかった。

「芦ノ湖の水深は、四十三・五メートルって聞いたことある」

 おぶちゃんが濡れた膝を見ながら言った。

「そんな深い湖に、いくらライフジャケットを着ていたって、万に一つ溺れないなんて保証はない」

 ラッキーも頭を抱えて肩を落とす。

「どうしたら……」

 ベロンチョが涙目になりながら、十数メートル先に進んでいってしまった他の船の船尾を、すがるような目で見つめていた。

 ゲームマスターの声が、追い打ちをかけるようにタブレットから続く。

『おーーっと、言い忘れたね。
『価値のない』はどうやって決めるかな?

 例えば、みんなは難関のゲームを解いたからここにいるんだろうけど、もしそれが、嘘やズルだったとしたら?さっきの「正直者」と「嘘つき」さ。

 僕が送った『コマドリのお葬式』の追加した歌詞を覚えているかな?
 そう、『殺したのは、友達だった』――。

 君たちの中にも、そんな嘘つきがいるかもしれない。
『私は悪いことはしません』『誠実でいい子です』みたいな綺麗な顔をして、仲間と一緒に謎解きに夢中になっているけれど……。
 実は、絶対に人には言えない真っ黒な嘘を抱えているかもしれないよ?

 ーー賢明な参加者諸君なら、さあ、誰を突き落とす?』

【船一:ナイチンゲール(未知)/ジェダイ/たこ星人】

 未知の背中に、ぎくりと冷や汗が流れた。
 誰にも知られたくない、秘密の過去。
 (私が、人を殺めたかもしれない可能性――)

 ジェダイが震える声で言う。
「そういえばさ、ナイチンゲール。僕、君をバス乗り場で見てないような気がするんだ。あの時、君はいた?」

「……え……?」
 顔を上げると、先ほどの一緒に問題を正解したときのような笑顔はなく、ジェダイとたこ星人、二人の顔がこわばっている。
「せや! 俺もどんな奴が乗ってるかじろじろ見たわ。でも、君いなかったよな?」
 とげのある声だった。

「それは……先に着いていたから……」
 思わず言い返せば
「『先』って何? 俺らみんな公平にゲームを解いて東京駅にきたんとちゃう?」
「新宿の奴らはみんな脱落だった。何で別ルートがあるんだ……?」
「君、もしかして運営側のスパイなんじゃ……?」
 二人の疑いの目が、じりじりとこちらに向けられる。

 たまらず後ずさった未知が、ボートの縁(へり)に手をついた。

 慌てて周囲を見渡すと、あちらこちらで小競り合いが起きている。

【船二:チョコレート/ながれぼし/クリステル】
「あんた、ちょっと上から目線なのが気に入らないのよ!」
「なんだって? だったら自分で正解してみろ!」

【船六:チャーミー/オアシス/しろたん】
「だから、最初から私の言うこと聞いてればよかったのよ!」
「みんなで出した答えだろ! 文句言うな!」

 その地獄絵図のような姿に、心が折れそうになる。
 ――そんな。昨日、あんなに楽しく過ごしたのに。


******

 ――七月三十一日。

 ホテルの掛け時計は夜十時を回っていた。

 夕食を終えて、一人部屋で未知は考え続けていた。
 目を落とすと、キラリと光った手元の水晶に、探偵研究部に入ってからのキラキラした日々を思い出す。

 そして、出会った人たちも。

 おせっかいの小川、毒舌だけど親切な平屋、傍に来てくれる智子、にぎやかな高杉。
 誰もが大切な仲間だった。
 それは、未知が自ら探偵研究部の扉を開いたからこそ出会えた奇跡だった。

(そうだ! 仲間は、自分から作るものだ!)

 未知は部屋を飛び出し、小笠原の部屋をノックして駆け込んだ。

「どうしたの! ナイチンゲール!」

 小笠原は驚いて声を上げるが、未知は精一杯明るい声で伝える。

「ええっと、スパロウ聞いて! 私たち、まだハンドルネームでチャットでしかやり取りできてない。みんなの顔も名前も知らない。せっかく会えたのに! 今日このまま眠っちゃうなんてもったいなくない? これから、みんなに会って、仲良くなってこようよ!」

 小笠原はあっけにとられたように、「いや僕は君と会えただけでも、もぐもぐもぐ……」と何かを呟いているが、気にしないこととした。

 そうして、ホテルの部屋のドアを二人で叩きまくり、皆がまた食堂に集まってくれた。

「スパロウとナイチンゲール! 鳥コンビがなんだなんだ!」

 兄貴肌のキュービーが声を上げると、大きな声に全員がこちらを向いた。

「部屋の中も何にもなくて、退屈してたとこだったから、助かったよ」

 どっかりと食堂中心の椅子に座る。

「ほんと」
「せっかくだもんな」
と、皆が口々に手近な椅子に座りだした。
 キュービーがいるだけでなんとなく統率が取れる。生まれながらのリーダーのようなありがたい人だ。

 そうして、自己紹介が始まった。

「俺はキュービー、アメフトの選手でクオーターバックだ」

 髪を短く切りそろえ、ラガーシャツを着た大柄な少年が答える。

「はじめまして。私はチャーミー。ハンドルネームの由来は、私の猫の名前よ」
 紫のゴスロリに、猫耳風のヘアアレンジの女の子が言う。

「俺はQUEENだよ! え? 女じゃないって? それはQueenが好きだからだよ! イエ――! みんなが来たのは、家ーーーー!」
 と言ってエアギターを弾いて場を盛り上げる、根っからのバンド好きの男の子。

 一方で、恥ずかしがり屋なのか、静かな子たちもいる。

「私は、その、ベロンチョ」

 真っ赤になって答えるベロンチョに、一同はハンドネームのネタでどっと笑う。

 その中で一人、気になる子がいた。

「私の名前はさっちん。こんなところ、ほんとは来たらいけない人だったのに。ホント、みんなのような頭のいい人じゃないから……」

 おどおどして目が泳いでいる。大丈夫だろうか。

 そうして、自己紹介は終わった。
 二十一人。ここからは手作業だ。
 皆それぞれが手持ちの紙に全員のハンドルネームと特技を書いていく。

「小学校時代の修学旅行みたいだな」

 キュービーが言う。
 その思い出が抜け落ちている未知には、それが少し羨ましかった。

 とりあえず、ここにいる中学生の全員の顔とハンドルネームが一致し、「また明日な」と解散したのだった――。

 ******

【船五:スパロウ(小笠原)/さっちん/ハムスター】

 無傷のはずの船五から、突如、わあっと泣き声が上がる。

「私なんです! 私がやりました!」

 みんなが声のほうを向くと、あのおどおどとした『さっちん』だった。

「私、不正を働いてここに来ました! 本当は私の実力じゃない! 親も学校も、私のこと勉強ができないって馬鹿にして……。『Locus Sapientiae』(ロクス・サピエンツィエ)は優秀な子供たちのサイトだから。ここで勉強しているって言えば、もう誰にも馬鹿にされないって思って……! 本当は、大学生の兄に解いてもらってました!」

 同じ船の小笠原が「何を……」と声をかけようとすると――。

「俺の話を聞けEEEEEEEEEEEEE--!」

 と、絶叫が響き渡った。船四の『QUEEN』からだった。

【船四:YUMA/QUEEN/OPAPI】

「俺だって、あのサイトの問題、一人で解けなかったよ! でも軽音部の奴らと練習のあと集まって、やっと解いてきたんだ!
そんなの不正でもなんでもないZEEEEEEEE!!」

 YUMAとOPAPIも「そうだそうだ!」と続く。

【船六:チャーミー/オアシス/しろたん】

 それに続くように、船六からも『チャーミー』が身を乗り出して叫ぶ。

「そうよ! 私だって、家庭教師の先生と一緒に泣きながら解いてたんだから! でも、それだって立派な努力の成果だもん!
 そうだよ。私ひとりじゃ解けなかった。
 さっきは偉そうに言って、みんなごめん」

 すると、オアシスとしろたんが「いいよ」「気が動転して当然だ」と声をかける。

 ーー風向きが、変わったのだ。

 小笠原は頭を掻いた。

「お前たち……なんなんだよ」

 呆れたように言いながらも、その瞳には明晰な光が宿っている。

「まずは論理的に考えろ。
 このボートはFRP(強化プラスチック)製の三人乗りだ。一般的にこのサイズのボートの最大積載量は約四百キロある。
 一人六十キロと換算した俺たち中学生三人の体重を引いても、まだ約二百キロ以上の余裕がある。
 二百キロ……。
 つまり、一般的な家庭の風呂一杯分の水。
 お前ら、風呂の水抜いたことくらいあるだろう?
 誰かを落とせば助かる? バカ言え。一人落として稼げる猶予なんて、たかだか水六十リットル分だ」

 小笠原は、ゲームマスターの映るモニターを鋭く睨みつけた。

「何が言いたい!?」
 キュービーが叫んだ。

「こいつは、恐怖でパニクらせて、俺たち自身が自滅するのを待ってるだけだ」

 小笠原は手持ちのクリアケースを丸めてメガホンにして叫んだ。

「いいか! すべての船に告ぐ!
 手持ちの長靴でも上着でも帽子でもなんでもいい! それを使って、船内の水を掻き出せ!
 七十リットルのロジックに惑わされるな!
 風呂の水くらい直ぐに出来るはずだ!
 キュービー! お前の無駄にでかい声で、船七にそれを伝えろ!」