あやめも知らぬ恋

その日は媛巫女の招きもあり、御殿を宿に使わせてもらった。

一度は寝た蛍だったが、母親と離れたくないと意思を示す。

まだお互いの腹持ちを探れていないのと、照れくささがあって迷いはしたけれど、蛍のかわいさに折れて三人で同じ部屋で眠ることにした。


改めて蛍には光莉が記憶をなくしている説明をしたが、幼い蛍に意味が理解できるはずもなく。

対面してからはブスッとした顔で光莉にべったりとくっついていた。


また引き離されるかもしれない恐怖。

一分一秒でもくっついていないと、何が起きるかわからないと言わんばかりの執念だった。

だんだん慣れてきて蛍と歌をうたったりと、すぐに和やかな空気に変わっていく。


(やっぱり。歌う曲も蛍ちゃんがわかってる。よく一緒に歌ってたんだろうな)


私にも蛍が懐いてくれたと自負していたが、媛巫女を見つめる今の姿を見ると存在がいかに大きかったかを実感する。

嬉しそうに笑う蛍に安堵する気持ちと、寂しいと感じるセンチメンタルさ。

――だが俯いたりはしない。

私には私として蛍として過ごした時間があり、愛情に優劣はないと胸をはって母娘の交流を見つめた。




外は完全に夜色に染まり、硝子ランプを点灯させて蚊よけの網をはる。

客間に敷布団を二つ並べ、三人で川の字になって眠ることにした。

眠る前の短い時間、蛍の着替えを手伝っているとそれを黙って眺めていた光莉が口を開く。

「その腕輪。わたしが蛍ちゃんに渡したものですね」

落ちついた声色で媛巫女は私の手首を飾る腕輪を見つめる。

「ママがくれたんだよ」

着替えの手を止め、蛍の小さな手を包んで思いを確認する。

どうして以前のように「蛍」と呼んでくれないのか。

なんとなくは察しても、急に引き離された理由に繋がらず、蛍は焦って媛巫女に自分をアピールするのを止めなかった。


「この腕輪は竜人の攻撃から私を守ってくれました。……蛍ちゃんが、母の持ち物だと教えてくれました」

「そうですか……。お役に立ったようで、うれしく思います」

そう言って媛巫女は手を伸ばし、翡翠の腕輪に触れると息を吹きかけて祈りを捧ぐ。

「”――――”」


不思議と身が軽くなる言霊に息をのんだ。

「その言葉は……」

「守護の祈りです。……申し訳ございません」

自責の念にとらわれた媛巫女は、私の手に触れたまま一本調子の声で呟いた。

「鬼子だから悪。鬼を倒すことこそ、国の平穏に繋がると信じてました。花純さんは鬼の血を引いてはいても、とても心優しい方です。……蛍ちゃんを守っていただきありがとうございました」

蛍を大切にしたいと思ったのは自分のためだ。

楓の娘と知り、楓の尊厳を守るために蛍の盾となろうと決めた。

清廉潔白な想いだけで生きてはいないと、私は思いきり媛巫女の額を手で押し払った。

特別返答も必要なく、花純は蛍と媛巫女の手を結びあわせ、三人仲良く川の字に眠った。