楓がこの奥で囚われている。
だから蛍に会ったこともなく、蛍も父親の存在を知らない理由に繋がった。
媛巫女が認知しない場所にいると考えば、細かく分散していた点と点が繋がっていく。
(鬼食いは人工の化け物。鬼を倒すための諸刃の剣だ)
力が強くなりすぎたために巫女たちが力を使って抑えている。
その抑え込みの際に、媛巫女はかなりの力を消耗して代償に記憶が失われた。
蛍が生まれてから南条家に引き渡されるまでの時間差は、おそらく記憶が少しずつ消えていったから。
それを知らぬ蛍からすると、突然母親に捨てられたという認識に繋がる。
鬼を喰らって平穏を作ろうとしたのに、自分たちが窮地に陥っているなんとも悲劇的な結末となっていた。
(本当の媛巫女様は蛍のことを忘れたくなかったはず。……絶対に思い出してもらわないと)
「あら?」
媛巫女が腕の中にいる蛍の顔を覗き込み、首を傾げる。
「眠ってしまいましたね」
そう言って蛍のマシュマロみたいな頬をつつき、ふわふわの綿菓子みたいな笑みを浮かべて見つめている。
誰がどう見ても愛情深い母親の顔だ。
記憶がないだけで心は蛍をいとしく思っているのがよく伝わってきた。
「本当に……この子どもがわたしの娘なのですか?」
「はい」
「ならばなぜ。なぜ母娘が離れているのです?」
御殿の事情はわからない。
私が想像するよりもたくさんの思惑が絡んでいるはずだろう。
明確な答えを持ち合わせているわけではなく、媛巫女には申し訳なかったが口を閉ざして首を横に振った。
媛巫女の不安を聞いたところでどうにか出来ることでもない。
それでも何もしない人でなしにはなりたくなかった。
当初の目的を成し遂げることが最善だと判断し、板挟みとなった紫暮に身体ごと向き変えた。
「紫暮様。私は楓を見つけて、蛍ちゃんに会わせたい。楓が蛍ちゃんを見捨てるはずがないと信じています」
お人好しの楓が我が子を見捨てるのはありえない。
その前提で考えると、楓が子どもと一緒にいられない環境下に置かれていると想定される。
ニセモノと判明した私でもいいと望んでくれるのならば、契約通りに楓を取り戻し、花嫁になりたい。
「鬼喰いを倒し、楓を取り戻してなお、私を好いてくださるのならばどうか――私を紫暮様の花嫁にしてください」
「――あぁ。もちろん、そのつもりだ」
肩に擦り寄られ、額がコツンとぶつかる。
白銀の髪が流れる秀麗さ、長いまつ毛が目元に影を作り、空色の奥行きを深めていた。



