あやめも知らぬ恋


「竜人には五つの種族があるんだ。俺はそのうちの一つ、蒼龍族の直系で第一継承権を持っているんだ」

「蒼龍族……」

あぁ、だから紫暮の鱗は青く輝くんだ。

瞳は空色。

はじめから自由を象徴する色を持つ紫暮に惹かれていたのかもしれない。

たとえ番でなくても、紫暮を好きだと思うのは自由だ。

ホンモノがいるのに欲しがるとは、人の心がわからぬ鬼のようだと自嘲し、目を閉じて紫暮の手を握った。


「どうかお力をお貸しください。”鬼喰い”を滅していただきたいのです」

何度も”鬼喰い”と聞いていく内に、紫暮が語ってくれた私と楓の父親・秋兎の死因を思い出す。

鬼退治のために生み出された人口の化け物であり、それが鬼である父を食らった。

最終的に媛巫女が住まう御殿の奥に封じられたようだが、その守りも壊れかけでいつ世に飛び出すかわからなかった。

母・綾芽が紫暮にそう告げた内容から推察するに、ここにいる鬼喰いとやらは親の仇でもあるわけだ。

こんなにも条件が揃えば行かないわけにはいかない。

蛍の母親が記憶を取り戻す鍵もそこにある。

なによりそこには楓の手がかりもあるはずだから――。



「楓は……そこにいますね?」

目を開いて、空に意志を向けてから涙に暮れる媛巫女を見据える。

媛巫女は急に気を強くした私に肩を震わせ、戸惑いながらも慌てて涙を拭い、清廉潔白な巫女の顔に戻った。

「楓とは誰のことでしょう? それもわたしの知らぬ空白の時間にいた方というわけですか?」

「私の弟です。そしてあなたの夫であり、蛍ちゃんのお父さんです」

「夫……? えっ、夫って。父親って……」

楓のことも記憶から抜けている。

だんだんと現状が透けて見えるようになってきた。

すべての原因は封印を壊そうとする鬼喰いに集結してくる。

媛巫女が蛍を前にして反応しなかった原因がわかり、同情さえ抱いてしまった・

一番大切にしていたであろう存在のことを忘れ、媛巫女として責任を果たそうと思い悩んでいたはず。

「楓が鬼喰いといる可能性は高そうだ」

紫暮のつぶやきに私は頷き、ぐっと顎を伸ばして媛巫女の御殿を睨みつけた。