あやめも知らぬ恋


***

どうにも落ちつかず、いつもより早く目が覚めてしまった。
まだ出発までは時間があったため、玄関前に水撒きとして地面の熱を冷ます。

(今日は蛍ちゃんと京へ向かう日)

ボーッと無造作に水撒きをしながらこれまで蛍と歩んできた日々を思い返す。

少しずつ距離が縮まって、最初こそ一緒に朝の水撒きをしていた。

しかし打ち解けれ打ち解けるほど、蛍はいい子ぶるのはやめてめんどくさいと逃げるようになった。

私が蛍を見捨てることはない安心感から、も思えばかわいいものだが、このままでは成長の妨げになるかもしれない。

子育てに関して知識を持つ者が残念ながらこの場にはおらず、同時に楓がまともに子どもの面倒をみれるとも思えずに八方塞がりとなった。

(蛍ちゃんのお母さんはどれくらい育児をしていたのかな?)

幼いわりに気持ちを押し殺すことを覚えすぎている蛍。

どんな風に成長してきたのか、気になりはするものの答えを得ることは出来ない。


ふと、手首にはめた翡翠の腕輪に視線を落とす。

この腕輪には守りの力がこめられているようで、神前式の際もなんだかんだで久美子の攻撃は回避できたことを思い出した。

(蛍ちゃんのお母さん。媛巫女様……。相当な力の持ち主なんだろうな)

蛍を手放した相手だ。

どういう意図があってのことかはわからないが、少なくとも謁見を申し出たところで相手にはされないだろう。

ましてや鬼子は本来、媛巫女の天敵でしかない。

なおさら、どういう縁で楓と結びついたか理解出来なかった。

「花純」

「きゃっ!?」

背後から音もなく紫暮がやってきて、そのまま抱きしめられる。

耳に息が触れるたびに鼓膜が痺れて、何も考えられなくなってしまう。

そうして太ももをもじもじと擦り合わせ、唇を固く結んでいると器用に腰に手を回されて向かい合わせにされてしまった。


「京に行くんだろう? 車に乗っていけ」

「えっ!? いえ、私は蛍ちゃんと……」

「長旅になる。それだけの距離は蛍の負担にもなるこらな。甘えてくれ」

そんなことを言われて揺れないわけがない。

まだ何の決着もついてないのに紫暮に頼るのは、それこそ女を利用しているみたいで嫌だ。

鬼の誘惑が成していることだとすれば、なんでも頼りすぎていて申し訳なさでいっぱいだった。