あやめも知らぬ恋


「私は楓を見つけて、蛍ちゃんと再会させる。そしたら紫暮様の妻になる。そうして始めたではありませんか」

「花純……」

目を見張った紫暮に、感情があふれ出して大粒の涙まで頬から零れ落ちていった。

「そしたらみんなで一緒に暮らしたい。好きな人たちとともにいるのは自由ですよね?」

「……あぁ、自由だ。誰を好きになるのも自由だ」

願わくば、番でありたい。

この想いは紫暮に抱かせてしまったものかもしれない。

”鬼の誘惑”なんてわからないものだが、あってもなくても紫暮の気持ちを失いたくないものだ。

竜人にとっての番にはなれなくても、紫暮といたいから妻になる。


もう、負けない。

これ以上、自分を卑下しては紫暮の覚悟に失礼だ。

――私なんか、ってもう言わない。




身を寄せ合い、互いの心音を確認し合う。

「連日蛍と出かけていただろう。身体は大丈夫か?」

「ん。平気です。ちゃんと進展もあったんですよ」

「……何があってもお前のことは俺が守るから」


本当はこの優しい温度に頬を擦り寄せたい。

だけど甘えてはいられない。

今はまだ、梨亜奈の番だから。
略奪者である私が甘えていい段階ではない。

それでも未来を諦める気はないと、紫暮の胸に手を置いて、腕に無理やり力を加えてゆっくりと押し離した。

「私、京に行こうと思います。蛍ちゃんのお母さんがいるなら話がしたい」

男は強がりに気づいても「そうか」としか返せない。


「俺はーー」







「認めない」

夏の空が一変、暗雲がかかって雨が降り出した。
ゴロゴロと雲が唸り声をあげた直後、屋敷の近くに雷が落下した。

暗くかすんだ視界、雷が光ると逆光に一人の女龍人の輪郭が浮き出てくる。

「番とは唯一無二。あなたは略奪者。……返してよ、アタシの大事な紫暮様を」

「梨亜奈。俺は花純を愛してる。俺はもう龍人の国には帰らない」

「じゃあアタシはどうなるの? 番のいない女になれって?」

「お前はまだ若い。もしかしたら……」
「もしかしたらで解決するわけないじゃない!!」

強烈な雷が納屋に落ち、焦げ臭さが充満する。

黒い煙をあげて火を強くしていく光景に、那波が蛍を連れて駆け寄ってきた。