「秋兎、遅い。もっと早く歩け」
「待って紫暮! 綾芽も、なんでそんな足が速いんだ!」
鬼は秋兎と呼ぶことになった。
もともと”アキト”という名前だったが、せっかくなので漢字を当てようと絢芽がつけた。
「兎みたいに目が赤い」という理由でつけられたが、秋兎はうれしいと舞いを踊るほどに喜んでいた。
三人での旅は、紫暮が感じていた退屈さを吹き飛ばしてくれた。
規律正しく、真面目に、誰も困らせずに。
それは非常に良いことであったが、まるでそうあるべきだと強いられているようで、殻を破れなかった。
気兼ねなく話せる友人と、放っておけない弟のような鬼。
紫暮はもう竜人の国に帰るという考えを投げ捨てていた。
***
終わりはいきなり幕を閉じると知ったのは、あやかし退治の困難な雪の時期だった。
鬼を連れていては街中で休息は難しく、山脈地帯の村に身をよせていたときのこと。
外からドサドサと雪が落ちる音がし、急斜面の屋根から落ちたのだと様子を見に行った。
「……お前」
「よ、よぉ。久しぶりだな、紫暮」
ずいぶんと顔を合わせていなかった竜人の友が、不慣れな雪にまみれて訪ねてきた。
なんでも話を聞けば、紫暮の一族が後継者争いでもめているとのこと。
さすがに長男である以上、本人不在の争いは納めなくてはと義務感に紫暮は一時国へ戻ることを決めた。
「まぁそんなわけだ。しばらく国へ戻る」
「おぉ、そうか。ではまたな、紫暮」
「すすっ、すぐに帰ってきてね」
綾芽はあっさりしているが、秋兎は涙目になって相変わらず女々しい。
めんどくさいと思いつつ、二人のことをすっかり好きになっていた紫暮は笑って地上から去った。
最終的に紫暮は後継者を辞退して事を収める。
これからはのびのびと地上暮らしをしようと、綾芽と秋兎のもとに戻り、運命は大きく変わった。
「綾芽……。なんだ、その腹」
「おお、紫暮か。久しぶりだな」
紅葉があざやかに山を染める季節のこと。
綾芽はずいぶんと膨らんだ腹を撫でながら、紫暮との再会を喜んだ。
「なんて軽い挨拶……。って、お前、子どもが出来たのか? 父親は……」
そこまで口にしてハッと気づき、ウソだろ……と信じがたいと疑いの眼差しを向ける。
それに綾芽は快活に笑い、ポンポンと二回腹を叩いて舌をペロリと突き出した。
「そ。秋兎の子。すごいぞー、中に二人いるんだ」
「はっ……それはずいぶんと大胆なことで。それで、秋兎は?」
「死んだ」
「はっ?」
けろっと口にした言葉に理解が及ばず呆然としていると、綾芽はもう一度軽口に告げた。



