あやめも知らぬ恋

空には人が可視できない”竜人の国”が存在する。

背中に翼を生やし、自由に空を飛ぶ。
それが竜人の誇りであった。


(あぁ、退屈だ。息が詰まる)

紫暮は竜人の中でも高い位にいる貴族だ。

長男として生まれたことから一族を率いる長になるよう育てられた。


「紫暮様。今度の式典についてですが」

「あぁ、それはーー」

従来の決まった行動や服装と、とにかく規範に沿った生き方をし、自由に生きる竜人にしては真面目すぎるほどだっただろう。

「黄龍族の中から番が現れると良いのですが。長の血族は見目麗しいものも多くて、紫暮様には良いご縁になるかとーー」

だが周りが紫暮をごまをするように寄ってくることに不満を感じており、蒼龍族の次期長という立ち位置からも日に日に溜まっていく鬱憤を晴らせずにいた。


そんな毎日を送っていれば、ひょんなことで堪忍袋の緒が切れてしまう。

竜人のしきたりだなんだと守ることが面倒になって国を飛び出してしまった。


竜人にとって地上に降りることはほとんど”罰”のようなもの。

地上で飛ぶのは人目についてしまうため、龍人の誇りである翼はしまいっぱなし。

行動を制限され、飛び出したことを後悔しつつも戻るのも嫌だと葛藤を抱えて彷徨っていた。

(つまらない。竜人とはこうもつまらないものか? いや、竜人云々ではなく俺がつまらないのか?)

唸り声をあげながら杉の木が並ぶ砂利道を歩く。

奥へ進めば進むほど、人の道から難色を示すような岩の道に変わる。

かろうじて階段代わりに岩が積み重なっているが、終わりの見えない道に段々と苛立っていた。

翼があればひとっ飛びだというのに、人には足しかないのだから不便だと考えていた。


水の流れる音がする。
激しい流れより手前に土からしみ出した水が溜まっているような湿った香りがした。

「滝か?」

竜人の国より自然が多く、好奇心がそそられて草木を分けて音のする方へ進む。

岩が積み重なって開けた地。

小さな水の流れがいくつも繋がって一つの大きな水たまりを作っていた。

緑が生い茂って空中からは見つけられない空間に、巫女装束を着た女が一人、頭から水をかぶって岩にべったりと張り付いていた。