「……まだ本調子じゃない。熱もあるだろう。しばらくゆっくり休んでくれ」
そう言って紫暮は持ってきた電気扇風機を設置し、部屋の空気を循環させた。
羽根のようなものが軸を中心にまわりだすと、カタカタと奇妙な揺れ方をするが、たしかに風が生み出されて涼しさに汗が拭きとんだ。
私が眠っている間になんとか暑さにバテないよう、慌てて用意してくれたのだろう。
外の水撒き跡はきっと蛍が頑張ってくれた。
やさしくされる理由がないのに、紫暮の真っ直ぐな親切心に心は歪んでいく。
慈しむ心を受けるたび、期待に膨らんでいた心の面影をなくしてズタズタに萎んでいくの。
紫暮は何一つ私を傷つけることはしていないのに、一方的に遠ざかったように感じてしまう。
今までのことはすべて夢だったと思い知らされているだけ――。
紫暮が立ち去って、扇風機の不安定に揺れる音と風鈴の音がアンバランスなメロディーを奏でる。
風は心地よいのに。風鈴の音は身に染みるのに。
ガタガタ揺れる扇風機だけは飛散しきれない状態で暴れる私みたいに見えた。
「かすみ。かなしいの?」
蛍の気づかいに喉奥がキュッと詰まり、胸のざわめきに耐えられずに抱きついた。
胸に埋もれる形となり、蛍は顔を上げてぷはっと大きく息を吐き出した。
丸々の瞳に、二人分の面影が混じる幼いマシュマロ顔をみていると、唇はムズムズと動いてしまった。
「うん。悲しいのかも。少し勘違いしてたみたい」
浮かれていた。
忘れていた。
私がすべきことは楓を見つけて蛍に会わせること。
そのために紫暮の善意を利用したに過ぎないと。
優しくされて、甘く囁かれて、勘違いをしていた。
鬼子だからじゃない。
私が愛されるなんて、有り得るはずがなかったんだ。
惨めなこと。
そこまでして誰かに愛されたかったのか。
人の心を惑わしてねじ曲げてまで。
そんな偽りの愛に酔っていたなんて、惨めにも程があった。
「蛍ちゃん。少し外に出ない? 付き合ってくれると嬉しい」
「うん……いいよ」
蛍が庭に水を巻いてくれたおかげで風鈴の音とともに
涼しい風が頬を撫でた。
それだけでは空気の抜け道がなかったけれど、扇風機が置かれたことでどんどん新しい空気を取り込めた。
そうやっていつまでも紫暮の優しさにしがみつかず、自分の足で空気を変えていかなくてはならない。
今、私を外に出て咎める環境はない。
行こうと思えば楓の手がかりを探すことも出来る。
ただ、甘えていただけ。
頼りすぎていた。
可能ならば蛍の安全は確保したい。
だけど私はもう紫暮を縛り付ける理由がない。
最初こそ下仕えで構わないと食いついたが、冷静に考えれば紫暮にとって番が地上にいるから降りてきただけのこと。
本物の梨亜奈がいれば、ここに残る必要がない。
竜人にとって帰る場所は、天高くにあると言われる伝承の空中島なのだから。
紫暮の目を盗み、蛍とともに外に出た。
那波には見つかってしまったが、現状を把握しているようで黙って後ろに着いてくることで手を打った。
ここで那波まで突っぱねると、紫暮のことだからお人好しに追いかけてくる。
それではダメなんだ。
蛍と楓の再会を願う私が一番足を動かすべきだ。
頼るのを前提にした愚かさに手のひらへ爪を食い込ませた。



