あやめも知らぬ恋


「なぜなの!? 役立たずの鬼子のくせに!! どうしてわたくしじゃないの!? 巫女として南条家を支えてきたのはわたくしなのにっ!!」

飴色の瞳に映る苦悩は計り知れない。

ろくな巫女が生まれない没落の危機に陥った南条家。

その威厳を守ってきたのはまぎれもなく久美子だ。

重責を負い続けることは、いつしか久美子に”敗北”を許さなくなった。

はじめてではないのに、これがはじめて聞く久美子の本音のように聞こえた。

一点の鋭い光が瞳に近づいてきても、私は瞬きも出来ず身を硬直させていた。

「花純っ!!」

紫暮が手のひらに渦巻く水球を作り出し、即座に久美子への飛ばす。

同時に花純の腕を飾る翡翠の腕輪がカッと光を放ち、一か所に三つの光が重なった。

――水が弾け飛ぶ。
粒となって拡散した水はすぐに霧となり、蒸発して大気に溶け込んでいった。

簪が瞳に突き刺さる直前、久美子は水の弾丸を食らって手のひらに穴を開けてしまう。

一瞬の間を置いた後、むき出しになった肉から赤く細い線が滲みだし、一気に溢れてドボドボと滑り固まった血が私の頬を濡らしていった。


「あああああああっ!?」

「久美子さん!? あっ、手が、あぁ、どうしよう! 私……私は……!」

「どうして! わたくしが番だとあの方はおっしゃったのに! 鬼子に誘惑されているだけだって!」

(誘惑……?)

身に覚えのない誘惑という言葉。
なのに本能がそれを図星と捉えたのか、ぶわっと毛穴という毛穴から脂汗が吹き出し、視界がぐらりと揺れた。

「何のことだ? 俺の番は花純だけ。誘惑などは――」



――ピシャアアアアアアンッ!! 

紫暮の言葉は割れる稲妻音に相殺され、天井を貫いて床に黒い染みを落とした。

土埃が舞い、気管支に入り込んで咳き込んでいると紫暮が私を久美子から引き離して大きく後退する。

今にも完全崩壊しそうな穴の空いた天井。
もくもくと上がる煙に紛れ、穴の真下に人影が浮き上がった。

(なに……?)

雷が落ちたように思われたが、何が起きたか把握しきれない。
花純がうすらと目を開くと、紫暮を巻き込んで二人の周りを翡翠色の膜が覆っていた。

(紫暮様とこの腕輪が守ってくれたの?)

どこも怪我をしていない。とはいえ、妙だと思い顔を上げようとして、肌が痺れていることに気づいてしまった。