あやめも知らぬ恋


「大丈夫だ。花純は俺が守る」

こんなおかしな状況で、番ではないと疑惑が挙がっているにも関わらず、力強く支えられると涙が込み上げてしまう。

だが今は泣いていられない。

グッと下唇に歯を立てた後、くしゃくしゃに笑みの形を作って紫暮に頷きを見せた。

私を傷つけない人。

どうすれば私が喜ぶかを考え、気恥ずかしいことでも実行にうつすロマンチストな方。

鬼子でもいいと言ってくれるならば、私も紫暮を守る力がほしくなる。

蛍を大切だと思うように、紫暮にも何か出来る身でありたいと……いつの間にか欲が溢れ出していた。


「久美子さん! 私、久美子さん相手でも譲れない! 好きだと言ってくれる人を蔑ろにしたくないの!」

「あんたは鬼子。お前のような存在が龍人の番なんてありえないわ! わたくしの方がふさわしい!」

「たとえそうだとしても! 紫暮様が選んでくれるならがんばりたいんです!」

鬼子だと厳しく当たられた。

だけど一番自分を鬼子だと蔑んでいたのは、自分自身だった。

内側に侵食させるように周りの言葉が棘となり、私はそれを無条件に飲み込んだ。

きっとこの考えは一生消えない。

それでも虚勢をはってでも自分を大事にしてくれる人には応えたいから。

自分を愛してくれる人の前でくらい、自分を嫌いでいたくない。

(紫暮様への気持ちが恋だとか、愛だとか。まだわからない。だって慣れてないんだもの!)

他の人に愛されたとして、紫暮に抱く安心と焦りは同じように感じるなのか?

隣に並んでもいい女性になりたい。
そういう意味では焦りが強かった。

蛍と三人で眠りにつくとき。
私の作った料理を美味しいと言ってくれるとき。
不意打ちに「好き」だと言われて胸を搔きむしりたくなるとき。

全部が全部、同じではないはずだ。

「好き」と言われて否定しなくていい女性になりたい。

自分の中に生まれた「好き」を認められる女性になりたくて、私は久美子から目を反らさないと決め込んだ。

「久美子さんが相手でも駄目です! 私にだって譲れないことはあるんですから!」

赤い瞳に情熱が灯る。

全力で抵抗する私に、久美子は眉をひそめ、紫暮の翼を一瞥して尾へと視線を移した。

「ああ!! どうして!? 紫暮様、そろそろ尾を見せてくださいな!!」

「お前は番ではない。自分が矛盾したことを言ってるのがわからないのか? 竜人の尾は己の番にしか反応しない」

「あああ”あ”あ”っ!!」

紫暮の非情な断りに久美子は目を血走らせ、綿帽子を取り払って頭を抱え出す。

重たい打掛を脱ぐと喉をからしそうな叫びをあげて走り出した。

(うそっ……!)

飴色の髪がほどけ、鬼よりも鬼らしい形相で私に向かって手が振り下ろされる。

その手には髪を結っていた金の簪が握られていた。

「うっ……!」

簪の切っ先が私の頬を掠め、赤い液体が細かく飛散した。

その勢いで久美子は紫暮から私を引き離し、肩を押してそのまま馬乗りになる。
とてもではないが女性に出せる力加減とは思えなかった。