あやめも知らぬ恋

銀座に出かけてからさらに時間は経過し、紫暮のもとに世話になってから一か月が経とうとしていた。

むわっとした湿気のある熱さから、大地を焼く熱さに変わってうちわで扇ぐ日々。

蛍が玄関口の水撒きを楽しみとし、今では誘わずとも自ら率先して行うようになっていた。

「卵、割れた」

「わぁ、ありがとう蛍ちゃん。よ~し、やるぞぉ!」

着物の袖をまくり、紐で縛って落ちてこないよう気合いを入れる。

蛍が深めの器に卵を割り、菜箸でといてくれたものを受け取ると、台所の火元に置いた”フライパン”という西洋の鉄製鍋に卵を流し込んだ。

みるみるうちに固まりだす卵にアタフタしながら薄く丸くなるよう、慎重に火と距離をとって薄生地にしあげていく。

だが理想の黄色さとふわふわさはなく、いざ出来上がってお米の盛られた器にひっくり返すも、残念なことに焦げ目の目立つ破れた仕上がりとなってしまった。

完成品に私は蛍と同時にため息を吐く。

「また後日ね」

「…………」

唇をとがらせた蛍は、ややご機嫌斜めに使用した食器類を桶に入れて水に浸していく。

紫暮に銀座へ連れて行ってもらってからというもの、立ち寄った洋食店で食べた”オムライス”が忘れられずにいる。

また食べたいのだろうが、洋食は高級な料理。

居候状態の身で紫暮にワガママを言うことも出来ず、ざっくりと作り方を学んで自分たちでやり遂げようとしていた。



「郵便でーす! 速達でーす!」

「あっ、はーい!」

那波は買い物に出ており、紫暮も忙しなさそうに都心部に赴いている。

竜人が地上に降りてくることはめったにないため、厄介なことがあるらしいが紫暮はハッキリと教えてくれない。

竜人の国側とのやりとりのため、説明が難しいと頭を悩ませていた。

いつか紫暮の事情も理解できる日が来るだろうか?

今の私には紫暮が番であるとおこがましくて考えられないけれど、これだけ大切にされると口角が持ち上がってしまう。

少しは前向きになってもいいのかもしれないと、外に出た瞬間差し込む太陽の眩しさに目を細めた。