あやめも知らぬ恋

(わかってる。私がすべきことくらい)

何も私には言ってこないが、黙って誘導しろと圧をかけてくる。

言葉に秘める激情に触発された私は反射的に身体が動き出す。

(でも……)

いや、そんな無駄なことは考えない。

鬼子が家族や友人を求め、対等でありたいなんて望むのはおこがましい事だ。

それくらい鬼子は忌み嫌われる生き物だと知っている。

どんな物語でも悪役にされるのは鬼だから。

汗に濡れた手を袖口を握りしめ、ヘラヘラと道化の顔をしながら紫暮の手を剥がそうとした。


「ごめんなさい。考えが足りていませんでした。……紫暮様。久美子さんと一度お話をされては……」

「それは花純にとって必要なことか?」

身体が金縛りにあったみたいに動かなくなった。

その割に心臓が飛び出そうなくらい動揺して、脳に直接響く心音と熱で視界がぐらりと揺れた。


水色の瞳はまるで見透かしてくるみたい。

こんな汚く毒々しい感情を暴かないでほしい。

自分でも気づかないように何度も飲み込んできて麻痺させてきたのだから、些細な声掛けで崩そうとしないで。

返事なんて出来るはずがないのだから。


「すまないが、妻の調子が悪いようだ。ここで失礼させてもらう」

「えっ!? ちょっと……!」

紫暮は見向きもしていなかった久美子をあえて直視し、艶やかに微笑んで大股に前へ一歩踏み出す。

動けなかった私の身体は強制的に前に押し出され、足元が浮いて短く悲鳴をあげると……。


「紫暮様!?」

水銀色の髪が頬を撫で、紫暮が屈んだかと思えば膝裏に手がまわり、足が宙に浮いた。

とっさに首に腕を回してしがみつくと、紫暮の顔面に胸を押し付けてしまい、目が回るくらい発狂しそうになる。

物陰に隠れていた蛍と、それに付き添う那波に合図を送って久美子からの関心を遠ざけようとした。


「ま、待ちなさ――!」

「なにごとだ」