あやめも知らぬ恋

完全に見向きもされていないと気づいた久美子は大きく身震いをすると、目尻を吊り上げそうになる怒りを押さえ込み、巫女らしい凛とした態度を表情に貼り付けた。

「お義姉様。こちらの方は? ごめんなさいね、空から降りてきたように見えたけれど」

「ぁ……えと。こちらは瀧澤 紫暮様です。りゅ、竜人様なんです。今は紫暮様のもとでお世話になっています」

私の回答に久美子はギョッと目を見開き、紫暮と見比べて口元を押さえ込み、目を輝かせてその美貌に魅入っていた。


「瀧澤紫暮様って、えっ……うそ……。竜人様って……」

ようやく久美子は紫暮を成金求婚者の瀧澤と同一人物と理解し、赤く染めていた顔からスッと血の気を引いていた。

文での求婚だとは聞いていたが、まったく顔を知らなかったわけではないだろう。

そうでなくては久美子がすんなりと婚姻を許すわけない。

こんなにも流麗で水のように透明感のある殿方はそうそういない。

夜に浮かぶブルームーンの瞳を宿す尊き竜人だ。

別人でしかない紫暮に久美子は困惑し、やがて瞳に嫉妬心を込めて私を睨みつけてきた。


「花純。まだ回るところはたくさんある。行こう」

久美子に興味はない。

そう言わんばかりの素っ気なさで背を向けるが、表情に出ていないだけで私の肩に触れる手には力がこもってする。

横を通過された久美子は心外な出来事に狐につままれたような表情をしたが、すぐに切り替えて私の腕を掴んで紫暮から引き離そうとした。

「ま、待って! お茶を! 素敵なカフェーがあるの! ぜひ紫暮様もご一緒に!」

紫暮の力の入れ方とは違う葛藤のない手だ。

長年人を罵ることに慣れた久美子からすると、たとえ紫暮の前でも無自覚に扱いが乱暴だ。

表情や態度はどんなに柔和に見せかけても、根から鬼子を軽蔑する感情は隠しきれていなかった。