あやめも知らぬ恋

「ご迷惑でなければ使用人として置いていただけないかと……」

「いつまでそう考えようとする?」

紫暮が私の首元から唇を離し、顔をあげる。

三度目の鐘の音に目を見張ると、紫暮が膝裏に手をまわしてきて銀座の時計台前で花純を抱きあげた。

「きゃあ!?」

「番だと考えないようにしているみたいだが無駄だぞ? 鬼子でもいいからと言っているんだから観念しろ」

「そんな……! 竜人ともあろう方が鬼子となんて!」

「その発言が蛍を傷つけている。同じ鬼子の蛍がどう思っているか、考えたか?」


核心を突く言葉にハッとし、心臓が止まるかと思った。

鬼子なのは蛍も同じであり、大好きな双子の弟・楓の娘だ。

自分を鬼子と卑下すると、同じように蛍の存在も恥と言うのに同義。

そのつもりはなくても蛍は傷ついて、歩み寄ろうとするたびに悲しくなるを繰り返していた。


「お前は俺の番だ。絶対に手放さない。大事だから約束は守る。……果たした時、花純は正式に俺の妻になれ」

「――番だからですか?」

「はっ?」

自己否定で受け止められなかった。

だけどそれがすべての理由ではない。

出会ったばかりで好きになる要素のない私をなぜそうも”番だからと愛せる”のか。


もし番が他にいて、私と天秤にかけたときに選んでくれるの?

とてもそうなると信じられず、紫暮に本気で向き合うことが怖くなった。

鬼子だからと卑下していれば楽だった。

蛍を傷つける意図はなかったと胸を抉られ、喉が焼けつく。

涙が静かに頬を伝い、唇が濡れてクセで口の中にしょっぱい味が広がった。

紫暮の胸を押し、一歩引いて精一杯口角をあげて笑窪を強ばらせた。


「紫暮様がステキな方とは思っています。だから余計に、私を好きになるのがわからないのです」

「番に理由が必要か?」

「必要です。……少なくとも、その価値観を持たない私は愛されるに違和感を抱いてしまいます」

愛される条件がない。

自分を愛せないのに、番だから愛してるでは実感が足りない。

言葉が、行動が、心が透けて見えるくらいでないと受け止められないから。