あやめも知らぬ恋

その際、紫暮の袴から薄紅色の毛が顔を出していることに気づいてしまう。

「紫暮様っ!!」

とっさに紫暮に抱きつき、ショーウィンドウの影に押して尾を隠す。

「あら」

店員に見られたかもしれない危機に肝を冷やし、両の手で袴の隙間から出る毛をおさえこんだ。

”急接近”という可愛らしい言葉で済まない体制となり、店員は面白おかしそうに頬を染めていた。

一方、私に抱きつかれる不意打ちを食らったせいか、紫暮はより目立って薄紅色の範囲を広げる。

甘ったるい芳香に私はアタフタし、紫暮もまた抑えの効かなくなった”番の反応”に焦っていた。


「あの……紫暮様。どうにか隠せませんか?」

「無理を言うな。竜人は番には素直になる。だいたい花純がそんな恰好をみせるから」

「むっ。紫暮様が連れて来たのではありませんか」

「番をかわいがりたいと思って何が悪い。……可愛がった分、褒美は欲しいけどな」


少し強めに反抗してみると、ようやく紫暮の隠れた面……いや、本心をあらわにする。

番として反応してしまうのは不可抗力で、紫暮の心は関係ないと言われているようなものだ。

竜人の性として反応してしまうから優しくしているだけで、本当はまったく私に愛情を抱いていない。

番というだけで疑わない盲目の価値観だ。

今は籍は入れていないが、同居してともに過ごしているのだからほとんど結婚したようなもの。

楓を見つけるまで夫婦としての営みはしない。

蛍を最優先に身を置かせてもらっているが、この先紫暮の気持ちを疑わないで済む日がくるとは思えなかった。


(番と勘違いしていなければ、私なんて好いてもらえるはずがないもの)

ここまでわかっているのだから胸を痛いと思うのは間違っている。


楓を見つけたら速やかに身を引く。

鬼子が竜人と番うのは許されない。

過ちは早く正す。

それが私の進むべき正しき道だ。

「外套はお持ちではありませんか?」

「えっ? あー、車に置いてきた」

「わかりました。私、とってきますね」