あやめも知らぬ恋

(あれは何かしら? あれも、あっちのも見たことがない!)

小麦の香ばしい香りがして、おいしそうだと好奇心をそそられながら次の香りに惹かれていく。

商売人や町行く人の声を聞き、”ミルクセーキ”と呼ばれる氷菓の一種や”あんパン”という比較的新しい食べ物を知る。

楓とはよく焼き芋をしてこっそり食べていたが、どちらが甘いだろうかと想像して歩くのは心躍った。

歩幅を合わせてくれる紫暮に胸が温かくなる感覚を知る。


しばらく歩いたところで”デパート”と呼ばれる陳列販売を行う大型店舗に到着した。

洋装、帽子、革靴、傘と様々な専門店が一つの建物におさまっており、浮き立った人たちがぞろぞろと入っていく。


「いらっしゃいませぇ! あら、素敵な親子さんね!」

紫暮に連れられて入った洋服専門店、にっこりと接客スマイルを浮かべる女性が迎えてくれた。

最初に紫暮を見たはずだが、紫暮の美貌を見て無反応なのはおかしいとつい顔をのぞき込む。


(えっ!? 誰!?)

身長や体格は紫暮とまったく同じだが、顔は別人。

細い目元につぶれた鼻、肌が小麦色に日焼けしてしまっている。

もっとも目立つ白銀の髪は煤色に、空色の瞳は平凡な茶色に変わっていた。

ずっと直視しておらずに気づけなかったと当惑していると、紫暮がしてやったりと口角をあげてきた。


ようやくこの顔が成金としての紫暮と悟る。

よくよく考えれば求婚者として名乗っていたのは瀧澤 紫暮だったと、竜人の器用さには驚かされ、心臓に悪かった。


「妻用に。花純、気になるものがあれば言ってくれ」

「え”っ!?」

「かしこまりましたぁ。せっかくですから靴もそろえましょうか? 髪も洋服にあわせたいですねぇ」

「えっ……! いえ、私は……!」

「洋服! 空色がいい!」

ずいずいと詰め寄ってくる店員に戸惑っていると、蛍が割り込んで空色のワンピースを指す。


「蛍ちゃん!?」

「まあ! これ、色味がキレイですよねー! これなら髪を三つ編みに結って花飾りを挿したら――」