あやめも知らぬ恋

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那波が馬車を走らせ、目的地に到着すると紫暮が先に下り、私に手を差し出す。

紳士的な振る舞いを向けられたことがなく、恥じらってぎこちなく手を重ねると、紫暮の甘ったるい微笑みにまた頬が熱くなった。

目が合うと紫暮の細い髪が揺れるので、色気をじかにぶつけられて頬が熱くなる。

紫暮の美貌はなかなか慣れるものではなく、見るたびにどうしたものかと悩まされた。


「シグゥ。ここどこ?」

「ん? あぁ、”銀座”だ。俺もはじめてでな。ここが一番賑わいがあると聞いたんだが……」

蛍が紫暮のとなりに立つと、濃紺の袴を引っぱり背伸びをする。

瀧澤家に来て二週間と時間は短いが、蛍はずいぶんと紫暮と打ち解けていた。

今では”シグゥ”と呼び名をつけ、まるで昔からの友人のように気さくに会話をする。

対して私は名前を呼んでもらえず、必要なときでさえ「ん」や指さしで済まされるのでうら悲しい塩対応であった。


「紫暮様。車を預けてきますので、後を追いますね」

「わかった」

那波は車を預けに一度離れ、私はその背を見送りながら不相応の環境に肩身を狭くした。


(そういえば久美子さん、銀座に行きたいとよく言ってたなぁ)

広い一本道に並ぶ店の舗装は板石やレンガで造られており、安心して歩ける道が遠くに続いている。

街路樹には桜、規則正しく電灯が並び、道の中心には路面電車が忙しなく行き交っていた。

すべてが最先端、まさに文明開化の象徴だ。


「地上は地上で面白いものだな」

「紫暮様……。こ、こんな華やかな場所……私なんか……」

「ほら、花純。蛍も、行くぞ」

(ひぇぇ……)

手を引かれて多くの人が行き交う通りに出る。

左を見ても右を見てもレンガ造りの建物があり、外観が統一されていて美しい。

洋装か、立派な染め物を着る人々にすれ違うたびにみすぼらしい自分が恥ずかしくなる。

今どき古びた小袖を着ている娘っ子の方が浮いていた。

せめて蛍にかわいらしい着物を着させることが出来てよかったと胸を撫で下ろす。

紫暮のとなりを歩くのが申し訳ないと地面ばかり見下ろしていると、紫暮が足を止めて前方を指した。