あやめも知らぬ恋

「花純! 何をして……!」

紫暮が血相を変えて台所に入ってくると、料理を準備している私を見て早々に眉をひそめた。


「あっ……えっと……。夕食の支度をしようと思って」
「そういうことは那波に任せている。花純は気にしなくていい」

おそらく何もしなくていいと、気づかってのことだろう。

だがこれまでずっと使用人として南条家に暮らしてきた私にとって、何もしないのは無価値の烙印を押されているのに等しいこと。

どうしようかと那波に視線を流すと、那波は苦境に立たされたような顔をして唇を固く結んでいた。

その困り果てた姿に、私はここで自分が誇りを持って蛍を守り抜くために必要なことを見出した。

「私にお食事の用意をさせていただけませんか?」

「なっ……」

「ここでお世話になる以上、何かお役に立ちたいのです。家事でしたら慣れておりますので……」

「もう南条家にいる時のように無理をしなくていい。那波もいるから気負わなくてもいいんだ」

「でしたらなお。ずっと家事をしてきたので、それがないと蛍ちゃんと向き合うのが気恥ずかしいのです」

ね、とお米をよそい終えた蛍に問いかけるが、いつも通りにそっぽを向かれてしまう。

どうしたものかと苦笑いをしていると、蛍は那波を上から下まで観察して駆け寄っていく。


「ご飯。かすみが作ったのがいい」

小さい声ながらも背伸びをして那波の白シャツをひっぱり、一途に見つめる蛍。

「蛍ちゃん……!」

その姿に感極まって目頭が熱くなってしまうのは叔母心として当然の心理だった。

沈黙を貫いたり、何も聞く気はないと暴れる時もある。

まだまだ蛍の気持ちはわからないことが多いが、少なくとも蛍は私に歩み寄ろうとしているとわかり、震える口角を結んで無理やり持ち上げた。

(そっか。少しわかったかも)

全部を背負うな、と紫暮は言いたいのかもしれない。