あやめも知らぬ恋

「では花純さんとお呼びします。……お米をよそっていただけると助かります。それと味噌汁も」

「あっ……はい! 蛍ちゃん、お皿もってくるからよそってくれる?」

アタフタした問いかけに蛍はうなずくと、甕(かめ)に入った水で手を洗い、木製のしゃもじを手に左手を伸ばしてくる。

いつもと変わらない無表情に見えるが、心なしか食事の支度をするのはまんざらでもないようだ。

丁寧に盛り付けをする蛍に安堵し、味噌汁は蛍が火傷しては大変なので私が行うことにする。


(あら?)

軽く味見をしてみると、出汁がきいていないことに気づく。

チラリと那波に目を向けると、決まり悪そうに目を反らされてしまう。

(もしかして……)

この家は人が住んでいるにしては綺麗すぎた。

おそらく私が来ることを前提に用意したお屋敷であり、急遽道具だけを用意して使っていなかったのだろう。

求婚されてここまで来たとは言え、結納金をポンと出せる財力がある以外、紫暮のことは知らないに等しかった。


(叔父上も久美子さんも、紫暮様のことは成金と言ってた……。お金目当てだったから紫暮様が誰であろうと関係なかったんだろうな)

私のことは厄介払いしたがっていた。

そこにちょうど、大金を出してくれる求婚者が現れれば願ってもないことだったわけだ。

(様紫暮ほどのお美しい殿方であれば久美子さんが放っておくとは思えないんだけど……)

それももう過ぎた話だ。

今、考えるべきことは今晩の夕食をどう改善すべきかである。

那波は家事に慣れていなさそうだ。

実際、この短い時間でも料理の段取りはあまり宜しくない。

竜人はあまり料理をしないのだろうか?

高貴な存在とはいえ、生態に関して私が知ることはほぼ無く、那波が一般的竜人であるかも検討がつかなかった。

そのまま悶々と悩み、味噌汁をよそおうとしていた手が止まっていると、家屋の奥側から小走りの足音が近づいてきた。