あやめも知らぬ恋

楓の言葉を聞いたわけでもないのに。

ましては数日前まで母親のもとにいた蛍に、親の愛情を信じろなんて言い聞かせるのは酷だ。

楓は子どもを見捨てるような奴ではない。

それは迷いなく訴えることは出来ても、母親に関しては傷がついたばかりであり、経緯も真意も曖昧だった。


すっかり言葉を失い、紫暮を見ることも出来なくなってしまう。

影を背負ってしまった私に、紫暮が息を飲んでいるのが空気を通じて耳に突き刺さった。

顔を上げられないままでいると、紫暮が静かに部屋から立ち去る気配がした。

ようやく顔をあげられた時、まだ見慣れない新居の部屋で蛍を抱きしめる情けない小娘が膝をついている現状が浮き彫りとなっていた。

紫暮が去り、開きっぱなしの襖を見つめながら蛍に縋るよう小さく細い方に額を乗せる。


「蛍ちゃん。バタバタしてごめんね。……どうしてもね、蛍ちゃんのパパを誤解してほしくなかった」

「………」


やはり蛍は返事をしてくれない。

十日以上、ともに過ごしながらいまだに蛍の気持ちがわからない。

何も喋ろうとしない時もあれば、イタズラに走ってわざと周りを怒らせる。

そのたびに私は南条家の人たちに頭を下げていたが、結局蛍の行動が何を意図しているのか見えてこない。

尋ねようとしたところで蛍は拒絶する。

いつまで経っても打ち解けることができないのは、私が母親ではないせいなのか。



そう思い悩んでいたとき、ふと顔をあげた先に丁寧に畳まれた翌日分の着物が目に入た。

その上に置かれた紅葉の髪飾りに手を伸ばし、途端に胸がキュッと音をたてる。

即座に髪飾りを手に取ると、蛍と向き合ってやわらかい髪に触れてみる。

じぃっとこちらの様子をうかがう蛍の視線に緊張しながら、下ろしっぱなしのボブ髪を結った。

外から夕日が差し込んで、室内を情熱的な色に染め上げる。

小さな手鏡を蛍に渡してどんな風に髪を結ったかを見せると、いつもの虚ろな瞳から一転、光が赤い瞳に差し込んでいた。