「好きだからです。傷つけたくないと思うのはおかしなことですか?」
進むということは傷が増えること。
幸せもたくさんあるけれど、そんなに綺麗な恋愛にはならないと知っている。
ホンモノから奪うということは、ニセモノなりに代償が伴う。
その一つが紫暮の竜人としての生だったとすれば、その分だけの重さを背負う覚悟を決めねばならなかった。
(覚悟を決めたつもりだった。でもこうして触れあうと気持ちが乱れる……)
「……式、早めるか」
「えっ?」
――ドサッ……。
空に浮かんだまん丸の月を背に、空色の瞳に熱が灯る。
私の手とはまた異なる、大きくて節くれだった手が輪郭をなぞり、親指で下唇を押してきた。
「とうに夫婦になったつもりではいた。この先、花純を想う気持ちは変わらない。だがあり方は変わるだろう」
(あり方……?)
紫暮がやさしい雨のように唇を重ねてくる。
すぐに離れて、まつ毛が触れあいそうな距離に息を呑んだ。
「夫婦には責任が伴う。傷つく時も、傷つけるときも、同じ分だけ背負う。いわば夫婦とは片翼をあわせたようなものだ……お前が俺の、もう一枚の翼になってくれ」
「紫暮様……」
紫暮は自ら片翼を切り落とした。
けれどそれは私という「もう片方の翼」と番うことで、二度と一人では飛べない代わりに、二人で一つの空を生きるという決意の証明だった。
失われた翼。
二度と戻らぬ紫暮の誇り。
私は手を伸ばして紫暮の背を撫でる。
目を細め、この上なく胸を焦がしてくる紫暮に涙をにじんでしまう。
これほど誰かから奪いたくなってしまう人はこの先現れないと、誘惑したい気持ちにかられて唇をぶつけた。
ちょっとしたイタズラのように笑って、紫暮の後頭部に手を回す。
両膝の間に手が擦り抜けて、足を割って入ってくる重みに身をゆだねた。
禍々しい恋だった。
あやめも知らぬ恋。
今はほろ苦い恋しさを残す、二人で一人。
空を飛ぶためには、雌雄が一対となって協力し合わなければ――。
「了」



