あやめも知らぬ恋

「もっと庭の広い場所に越すか」

柱に背を預けて紫暮が庭ではしゃぐ蛍たちを見て呟く。

そして溝にはまった小豆を一粒手にとり、口角を緩ませて肩を落としていた。


「そういえば紫暮様はどうしてこの屋敷を購入されたのですか?」

使用感のなかった小ぎれいな日本邸宅だったが、今はその面影を失くしつつある。


「手っ取り早い空き家でいいと思っていた。長居をするつもりもなかったからな。……さすがに永住するには狭い」

つまり番を連れて竜人の国に戻る気満々だったということ。

空を飛ぶための翼を失ってしまったため、もう竜人の国には戻れない。

地上の流行もわからなかったため、ちぐはぐなインテリアになったと紫暮は不満そうに口にした。


(別に狭いと思わないけどなぁ)

生活する分には十分だと紫暮を覗き見る。

相変わらず切れ長の迫力ある目元をしており、何より空色の瞳はガラス玉のように透き通っている。

この人が本当に夫になることがいまだに信じきれず、じっと観察していると、視線に気づいた紫暮がニヤリと口角をあげた。


「家族が増えると狭いだろ?」

ボンッと顔が爆発したと錯覚するくらい、顔面に熱が集中した。

紫暮の発言に光莉は「まぁ」と口に手をあて微笑ましそうにする。

(あぁ、もう。穴があったら入りたいわ)

首を勢いよく横に振って顔を覆い隠してしまう。

既婚者であっても紫暮は女性にモテるので、強気でいなくてはと多少ふてぶてしくすることは意識している。

だが性格とはそう急に変わるものでもなく、恋だ愛だに関してはまだまだ初心の自覚があった。

とっくに蛍を出産している光莉とは、おせっせ事情に関して比べものにならない……とは口に出来なかった。


(楓が手を出すの、早すぎるのよ)

同い年の楓は光莉と出会った頃、まだ少年のはずだ。

一体いつのまにそんな下半身で生きるようになっていたんだと、双子の姉として赤恥に打ちのめされそうになっていた。


「おーい! 焼き芋、人数分あるから来いよー!」

蛍とじゃれ合っていた楓が芋を頬張りながら手を振ってくる。

それに私たちは目を合わせると、小豆拾いは後回しにして庭へと駆けだした。

「楓! 私の分!」

「完璧だ! オレが焼くやつほど旨いのはないぜ!」

「もごっ……。あふっ……! でもおいひぃ……。栗はある?」


楓の料理の腕前は私よりずっと良い。

火の扱いに慣れているというべきか。何を作っても絶妙な味加減にしてしまう魔法のような手だった。


「結構食いしん坊なんだよな」

紫暮は私が楓と交流する姿を見てポツリとつぶやく。


(聞こえてるって気づいてないのかしら? 私、視力も聴力もいいんだけどなぁ)

紫暮は私を溺愛してくれるが、まだまだ私の本性は知らないのだろう。

南条家で意地悪くされても生き延びる根性は自信がある。


(お母様の娘なんだからわかってる……よね?)