あやめも知らぬ恋

紫暮の手のひらから、凝縮された水流が鋭利な刃となって伸びる。

紫暮が一瞬の迷いもなくそれを振り下ろした瞬間――断絶の音が響いた。

背中に生えた美しい水銀色の片翼が、無残に宙を舞う。

断面から生々しい血の塊がぼたぼたと畳を汚し、切り落とされた誇りは地面に落ちた途端にサラサラと風に溶ける砂へと変わっていった。


「ひっ!?」

重たい音とともに片翼が地面に落ち、サラサラと風に溶けるように水銀色の砂となって消えた。


「紫暮様!? 何をしているんですか! 早く手当てを……!」

気が動転してしまい、事を理解しないままとにかく止血しなくては思うのに手はさ迷うばかり。

動転しながら家屋に駆け込もうとして、肩を掴まれる。

紫暮に抱き寄せられて、鼻を劈く鉄の匂いに包まれた。

何が起こっているかわからないまま、顔に熱が凝縮していく。

そんな私を知ってか知らずか、紫暮は深い傷に息を荒くしながら剣を地面に突き刺した。


「今、この時をもって蒼龍族の紫暮は死んだ! よって番の縁も切れた!」


これほどの戦慄があるだろうか?

この場にいる全員が言葉を失うほどに、足が硬直して思考は麻痺していった。

竜人にとって誇りである翼を斬ったことで、紫暮は一気に体力を消耗し前に崩れてしまう。

それをとっさに支えるも、痛々しい姿に胸が引き裂かれて両手で紫暮の頬を包んだ。


「なんてことを! つっ……翼は竜人の誇りだって……!」

「そう。だから死んだら翼は番に引き渡される。次の番に縁を結ぶためにな」


その言葉を聞き、以前に那波から聞いたことを思い出す。


――すでに番は死に、次の番に出会えるのを待っている、と。

竜人にとって翼を失うことは、死と同義ということを紫暮は身をもって証明した。

翼を目の前で斬られた梨亜奈は、青白い顔をして砂の山に変わった翼を見下ろす。

そして前にしゃがみこむと、砂を握りしめて鼻で笑った。

「竜人の誇りを自ら手放すなんて、愚かな人。誘惑に負けて、バカみたい。 ……最低! こっちからお断りよ!!」

梨亜奈の尾から薄紅色が引いていく。

泣いてたまるかと歯を食いしばり、梨亜奈は玄関扉を殴りつけて屋敷の中に駆け込んだ。


もう番ではない。

このような形で縁切りをするのは竜人にとって残酷で、罪深いことなのだろう。

誇りを失い、汚名を被る。

それでも私を選んでくれた紫暮に、生涯を共に進んでいこうと涙した。