あやめも知らぬ恋


***


透き通るくらい優しい雨が降る。

楓が橋を渡れないように泉となっていた水が、浄化の雨となり降りそそいだ。

愛しい龍の背から降りるとなりふり構わず双子の弟の元へ走る。

お互いに手を伸ばして、指先が触れ合って、四年ぶりの抱擁を果たした。


「花純。オレさ、大切な存在が出来たんだ」

「うん」

掠れた声が今まで語れなかった思いを吐き出す。

「年上のくせに泣いてばかりでさ。それで媛巫女様って崇められてるんだぜ?」

「可愛い人ね。ギャップに惚れたんじゃない?」

「ははっ、バレたか」

媛巫女として頂点に立ちながら味方一人いない泣き虫な女性を思い、自らを犠牲にして鬼を封じた。


「めちゃくちゃ悔しかった。だって蛍が腹の中にいるのに抱きしめることも叶わなかったんだ」

「うん」

この腕に抱きしめられないと打ちのめされるたびに内側に鬼が侵食していく。

蝕まれていく日々の中、一心に蛍を思っては”鬼喰い”の一部になるものかと、真っ黒な感情と戦い続けた。


「ごめん。ごめんな、花純。……蛍を守ってくれてありがとう」

「蛍ちゃんはかわいい子だよ。早く抱きしめてあげてね」


言葉はこれ以上、いらない。

私は楓の肩を押すと、ボロボロと涙を零して一人震える光莉の元へ誘導した。

二人は目が合うや目元を赤くして手を伸ばし、傍から見ても互いに押しつぶしそうな力加減で抱きしめ合っていた。


「楓くん! 楓くんっ!!!」

「光莉。巫女やめてみんなで一緒に暮らすか?」

「バカ! 当たり前なこと、言わないでください!」

光莉がペチペチと楓の頬を叩くと、楓のまつ毛から水滴が弾けた。

くしゃくしゃの笑みは蛍の無邪気さによく似ている。


「光莉。蛍を産んで、育ててくれてありがとーな。早く、蛍に会いてぇなァ」


泉の雨で全身が濡れることもいとわず、楓と光莉は隙間もないくらい身を擦り寄せて空白の時間を埋めようとしていた。

(よかった。賭けだったけど、鬼たちを誘惑することが出来た)

今、とても心が軽い。

これも紫暮がそばにいてくれたから出来たことだと、はじめて無力の殻を破れた気がした。

一刻も早く紫暮に想いを伝えたい。

もう無力に嘆いてたまるかと、勝手に口角が上がる感覚に身を任せて紫暮のもとへ駆け出した。



「ありがとうございます。紫暮様のおかげで鬼喰いを倒せ――」

「バカ野郎っ!!!」

ヒューンと吹き飛びそうな怒声に目を丸くする。

鬼なんてちょちょいのちょいと倒してくれたが、まったく腹が立っていないわけでもないようだ。

ここまで目尻を引きつらせ、歯を食いしばりながらもまだ葛藤を吐き出せずにいる苦悩が見えた。