あやめも知らぬ恋


「……楓くん」

砂利を踏む音に振り返ると、鬼喰いが封じられている場所に楓がいたことに息を呑む媛巫女がいた。

徐々に気が動転してきたようで、ややパニックを起こしながら楓がここにいることに疑いの目を向ける。

『”光莉も。久しぶりだ”』

人恋しいと、楓らしくないやわらかい口調で媛巫女の名を呼んだ。

楓のことを覚えていなかった媛巫女だが、名前を呼ばれた瞬間、目を見開いて震えだす。

静かに切なさのにじむ涙を頬に伝わせ、苦しさを押し殺して微笑みを浮かべた。


「思い出した。わたし、約束守れなかった。……蛍を失っちゃった」

『大丈夫。花純が守ってくれた。……オレはもう守れそうにないけど、花純がいるなら大丈夫だ』

「楓? なにを言っているの」


顔に熱がこみあげて、じわじわと痺れだす。

同様に頭を縄で締めつけられたような痛みが走った。

記憶を取り戻した媛巫女を慈しむ眼差しで見ている楓は、私の知らない顔をしていた。

私の疑問に楓はニッと歯を見せて笑い、手に持つ鏡の面を指し示す。

『”この鏡のなか、鬼が入ってる。鬼喰いってぇのは鬼の集合体なんだ”』

「楓。お前だけ抜け出すことはできないのか?」

紫暮の問いに楓は困ったと後頭部をかき、誤魔化すようにケラケラ笑い出す。

『”ん~、厳しいなァ。正直、今他の鬼を抑えるので精一杯ってぇね”』

平然としているが楓のわずかな動揺を隙とみて、抑え込まれている鬼たちが主人格を乗っ取ろうと牙をむいた。

首から顔にかけて筋肉の筋が浮かび上がり、楓は痛みに耐えて身を丸くする。

元々赤い瞳ではあるが、身体にダメージを受けるほどに目尻に血が溜まって涙となった。

神経からビリビリとくる痛みが私に通じてくる。

これは楓の痛みだ。

双子として生まれ、時々共鳴して感じる痛みがあったけれど、これほど業火に飲まれても死ぬことを許されない苦しみははじめてだ。

一番楓の痛みを体感しているのに、私はこの場でもっとも無力。

こんな時まで自分の力では何も出来ないのかと拳を握りしめた。