あやめも知らぬ恋

「ママ。もう……ほたるを……おいてかな……」


泣きつかれてすぐに眠りに落ちてしまった蛍。

その寝顔を媛巫女はもの思いに沈んだ様子で見つめ、硝子ランプの明かりを消す。


「やっぱり思い出せません。子どもは皆愛らしいものなのはわかります。……ですがこの子が特別愛おしく感じるのは何故でしょうね」

「母親だから、と言いたいですが、自分から気づいてくださることを願っています」

「――光莉、です。わたしの名前。そう呼んでくださるとうれしいです」

「光莉様。……私のことは花純と」


謝罪はあったけれど、鬼子という時点でまだ光莉の信用は得られていない。

自分の娘だと泣きじゃくる蛍もまた、鬼子の気配がありひどく戸惑っていることだろう。

明日はもっと衝撃的な情報が彼女を襲う。

だから今は、それ以上余計なことは考えずにゆっくり休んでほしいと、私は蛍の小さな手を握りしめて目を閉じた。



***


翌日、光莉の案内で鬼喰い討伐を行なうこととなった。

最初は蛍もついて来ようとしたが、危険だからと止めた。

またいなくなると泣きじゃくったが、一緒にここまで同行していた那波に頼んでみてもらうことに。


「約束する。ちゃんと戻ってくるからね」

「……嘘ついた針千本だよ?」

「あは。嫌だから絶対に返らないとね。……光莉様も」

そう言って少し離れたところでもどかしそうにこちらを見ていた光莉を手招きする。


「わ、わたしも……」

蛍の前にしゃがみ込み、ぎこちない動きで小指を差し出す。

そうして蛍の両小指をそれぞれに結び合わせ、約束の歌を歌ってこの場から鬼喰いの本地へ向かうのだった。



御殿のその向こうに本殿があるらしい。

広々とした白い石板の地面が広がり、前方に紅色の柱を建て翡翠色の屋根を左右対称に伸ばす荘厳な建物を通り過ぎる。

千年以上前から建物を修繕し、繰り返し媛巫女たち神職の拠点として使われてきた。

現在、巫女として頂点に立つのが媛巫女だ。

抜け出したことで御殿内は騒ぎになっていたのか、血相を変えて駆け寄ってきた従者たちに辺りを囲まれた。