あやめも知らぬ恋

世界を灰色に染める重たい雨の中、小さな手を握りしめて門の前に立つ。

不安げに私を見上げてくるマシュマロみたいな肌にふっくらとした手のひらを持つ女の子。

光を閉ざしながらも精一杯手を繋いでくる姿に、もうここしかないのだと頬に熱を凝縮させながら、迫りくる運命の時を待っていた。


「来たか!」

門の戸口が開くと、あれほどどんよりと空を覆っていた雲が割れ、白い光が顔を出す。

雨の中、霧雨が薄桃茶色の髪を肌に張り付けたので、とっさに指で耳にかけて気を誤魔化した。

「あぁ、やはり間違いないな」


視界に飛び込んできたのは、星をまとったかのような白銀の髪。

男の人とは思えない繊細な白さと、どこまでも透きとおる空色の瞳に魅入られる。

「母親には似ていないな。やはり奴に似たのか? ……にしても、お前と似た匂いがこの子どもからする」

私の顔を丸々掴めてしまいそうな大きな手。

その手が私の後ろに隠れてて離れようとしない小さな女の子に伸ばされ、思わず止めにかかってしまった。

鋭い切れ長の目に見つめられ、生唾を喉に流し込んで覚悟を決める。


「南条花純と申します。この度は婚姻の申し出、ありがとう存じます。ふつつか者ではありますが末永く……」

「良い。花純にまだその気はないことは織り込み済みだ。……が、その子どもだけは知らなくてね。誰だ? まさか花純の子ではなかろうな?」


脂汗なのか、各地の工場煙を吸って汚染された雨のせいなのか。

気味の悪いねちゃっとした液体が私の額を濡らす。

不貞を疑われて当然だ。

私は求婚状を出し、結納金まで納めた相手のもとへ子連れでやって来た。

仮にも華族に値する家柄のものが子持ちとはとんだ醜聞。

貞操が守られているのを前提に婚姻関係を結ぶのだから、これは顔合わせ早々裏切り行為だった。

怯えて歯をカチカチ鳴らす小さな女の子の手を引き、求婚者の青年の前に姿を出させる。

知らない人に怯える女の子はイヤイヤと私の足にしがみつき、葛藤しながら青年の冷めた視線を見ては引っ込むを繰り返した。