「外でキスするのはなしだからな」
「そんなことしませんよ。赤くなるナユ先輩見ていいのは俺だけなんで」
「べつになってないし! 最初からこういう顔だし!」
翌日、俺たちは映画を観にいくことにした。
中国マフィアはでてこないけど評判がいい映画だ。俳優陣も実力派で知られている。学ぶものは多いはず。
「先輩――」と待ちあわせた駅ビルのまえで瀬名は俺を上から下まで見る。
「やっぱりその服似合ってますね。先輩にはそういうシンプルなもののほうがいいですよ」
「……それ、ある意味自画自賛じゃん」
「まあ先輩に一番似合う服をえらべるのは俺だと自負してますけど」
瀬名はほんのすこし嬉しそうだ。
今日は白シャツに薄手のカーディガンとストレートタイプのデニムパンツをえらんだけど、これは瀬名が以前えらんでくれたものだ。
俺の好みとはちがうけど、たしかに試着して鏡のまえに立った自分は普段より三割増しくらいに見えたし、なにより瀬名が薦めるなら間違いないだろうということでまとめて購入した。
べつに瀬名を喜ばせたいわけじゃなくてこれが俺に一番似合うから着てきた。べつに瀬名を喜ばせたいわけじゃなくて。これが俺に一番似合うから。
「あ、入るまえに一枚撮らせてください」
「どーぞ」
瀬名はスマホを取りだして俺に向ける。
そういう瀬名も瀬名でおしゃれだ。ゆったりしたトップスに細身のアンクルパンツ。去年の誕生日に俺があげたピアスもいいアクセントになっていて、通りがかった女の子たちはみんなちらちら視線を送っていた。瀬名は完全無視していたけど。
俺はなにげなく自分の耳たぶをつまんだ。
瀬名はスマホをしまいながら、「先輩もピアス開ければいいのに」と言ってくる。
「えー……かっこいいとは思うけど、痛いの苦手だし」
「ちゃんと冷やせば大丈夫ですよ」
「俺のこと好……」――きなおまえ的にはどうなの、と言おうとして舌がもつれた。変な沈黙をごまかすため咳払いをしてから、「俺のファン的にはどうなの?」と言いなおす。
「似合う、とは思いますけど……」
「……けど?」
「開けるなら俺に開けさせてください。なんか、俺の見えないとこで先輩がピアス開けるのっていやです」
「俺、そこまで不器用じゃないけど」
「そうじゃなくて――いや――べつにいいです、けど」
めずらしく歯切れが悪い瀬名をうながして五階にある映画館まで行く。
チケットはもうネットで購入済みなのでならぶ必要はなかった。ぶらぶらとポスターを見ていく。
やっぱり視線を感じるな、と思って振りかえると知らないおねえさまたちが瀬名を見ていた。俺はポスターのほうに視線をもどし、小声で「瀬名ってやっぱもてるよな」とつぶやく。
「はい? 急になんですか」
「きれいなおねえさまたちがおまえのこと見てた」
「ナユ先輩じゃなくてですか?」と瀬名はポスターを見たまま言ってくる。俺はちょっと口をとがらせた。
「俺、もてたことねえもん」
「それは……おそらくですけど、先輩がきれいすぎるから……」
「なに?」
「……なんでもないです。それはあれです、先輩を見てる輩は俺がトカレフで撃ちころしてるからです」
「マフィア映画観すぎ」
瀬名だって彼女とデートしたいだろうに。俺が独占してて悪いな、と思っていたら突然瀬名に手をにぎられた。
「なに?」と俺はびっくりして彼の顔を見る。
「恋人のフリすればおねえさんたちがあきらめるかと思って。大事な先輩守るのも俺の役目ですし」
「え、……ああ、そっか」
「いや納得しないでください。いつもみたいに言いかえしてくださいよ」
――いつも?
いつも、俺は瀬名になんて言ってたっけ……。
うつむく俺を瀬名が見ている気配がした。どんな表情までかはわからないけど。
やがて手を離して「そろそろ行きましょうか」と言ってくる。
「……う、ん」
手が離れるとき。
名残惜しそうに指がからみついてきたのは、たぶん、気のせいだ。
同じビル内のファストフード店で映画の感想を話すことにする。
最初は瀬名がなに考えてるのか気になって集中できなかったけど、俺が一押しの若手女優がでてきてからはスクリーンに釘付けになってしまった。まだ二十代なのに大御所にも引けを取らない演技を見せていた。
そう褒めると瀬名は「ナユ先輩、ほんとあのひと好きですよね」と返してくる。
「うん、好き。つんと澄ましててさ、努力? そんなもの凡人がするものでしょ? って顔してるの好き」
「先輩ってちょっとSっぽいひと好きですもんね」
「……そう?」
「先輩が好きっていう女優さんみんなそんな感じです」
自覚はなかったけど、言われるとそうかもしれない。
……俺、Mってこと? いやいや。
「そういや瀬名の好みは? 聞いたことないかも」
「俺はゆな一筋なんで」
「あんまり話してくれないじゃん。俺いまだにゆなちゃんの顔見たことないんだけど」
「先輩とは真逆ですよ。平凡で、ぽっちゃりしてて、背が低くて、他人より自分優先で、自信家で、……でも俺がいないと生きてけない」
「俺だって、せ……」
なんでもないやりとり。これまで何百回としてきた他愛ない会話を俺は途切れさせる。
瀬名がいないと生きてけないなんて。
俺たちは、冗談で言ってもいい関係のはずなのに。
瀬名はハンバーガーをトレイにもどす。なんでもない顔でポテトを取ろうとして、なんでか失敗していた。
「……『俺だって』。なんですか」
「…………」
黙るなよ。変な意味に思われるだろ。
俺は「今回、ポテト外れだったな」と揚げたてじゃなくてしなしなのポテトをつまんだ。
「ナユ先輩」
「……なんでもねえよ。俺だって、役者の中じゃ背そんな高くないって言おうとしただけ」
「そうですか」
「うん」
瀬名はつまらなそうに視線を逸らす。
カウンターのほうでは俺たちと同じ男子高校生っぽいグループが会計していて、「だれか百円貸して!」「しょうがねーなー」「ありがと! 愛してる!」とか言いあっていた。
俺もそっち側だったのに。
愛してるとか好きとか平気で言ってたのに。
「ナユ先輩、」
「……なんだよ」
「はやくキスしたいからここ出ませんか」
「ばっ……」
だれかに聞かれたら、と思ったけどどのテーブルも自分たちの話に夢中で聞こえなかったみたいだった。
俺はぜんぜん減ってないハンバーガーとポテトを見下ろし、「……食べおわるまで待てよ」とつぶやいた。
この日のキスは路地裏でだった。
俺も瀬名もファストフード店特有の食欲をそそる匂いがして、日常的なそれが却ってやらしくて、きっとあのチェーン店でハンバーガーを食べるたびこのキスを思いだすんだろうと思った。
お互いになにかを探って、なにかをごまかすような。そんなキスを。



