【完結】天才ダウナー系後輩に毎日キスされています。※役作りで



 夜に調べてみたら『永別了(ピンイン)』とは日本語でさようならという意味だった。

 でも日常では使わない。葬式とか、最後の別れのときに使う言葉らしい。
 イントネーションだけではなくその辺りのニュアンスもつかんでおかなければいけないだろう。

 地理的には隣の国で、同じ漢字圏でもあるのにこうも使う言葉や意味合いがちがうのは不思議を通りこして神秘的だ。
 
 次の日は土曜日。午前中は用事があったので瀬名には午後にきてほしいと伝えてあった。

 そして、きっちり一時。俺の家のインターホンを鳴らした彼は如才なく母親に挨拶したあとで二階の俺の部屋までくる。
「じゃ、さっそく観ていきましょう」と彼は勝手知ったるなんとやらで本棚から俺のタブレットを取り、ローテーブルに置くと前置きもなにもなしで一本の映画を再生しはじめた。

 俺はベッドの上に移動する。
 ベッドを背もたれがわりにしている瀬名の後頭部はすこしもぶれなくて、マジで昨日のことはなんとも思ってないんだなと感じた。

 ……昨日の。あの、キスは。

 映画は中華マフィア同士の抗争を書いたものだった。
 とにかくスケールがでかい。そしてひとが残虐に散っていく。だれが一秒後に死んでもおかしくないし、それ以上にだれが裏切ってもおかしくない世界。

 星宇(シンユー)はこういう世界で生きてきたんだ。

 彼にとって山本はどんな存在だったのだろう。特に波乱もなく生きてきた日本のサラリーマン。
 最初は疑わしくて……意味がわからなくて……のほほんと平和に生きてきた彼を憎んだこともあったかもしれない。

 人前で眠ったことがない少年。
 彼にとって山本との共同生活はどういう意味を持ったのか。初めて『おやすみ』と言われたとき、彼はなにを感じたのか。

 映画は組織を出しぬいた男が序盤に殺した男の子供に復讐されるシーンで終わった。
 印象的だったのは復讐を遂げてすっきりしているかと思えば、子供は終始ぼんやりしていたこと。まるでからっぽみたいに。
 思わず俺は「この表情、なに考えてればだせるんだろ」とつぶやいた。

「意外となにも考えてないと思いますよ」
「マシで……?」

 瀬名は首を曲げてこきりと音を立てる。

「すこし休憩入れましょうか。十五分後に次行きます」
「瀬名、今日予定とかあったんじゃないの? 大丈夫?」
「ナユ先輩以上に優先することなんてありません」

 彼女持ちのくせに。そんなこと言ったら怒られるぞ。

 土日しか会えないであろうゆなちゃんに思いを馳せていると、ぎし、とベッドが軋んだ。瀬名が膝をついてベッドに登ってきている。

「……なに?」
「わからないんですか」

 ……あ。そっか。なんか、毎日キスするとか言ってたっけ。

 ――え? 家で? いや学校でやるのもあれだけど、あそこではよく瀬名と読みあわせしてたし、演技の練習の場みたいなとこあるし、完全プライベートな自分の部屋でやるのとはちょっとちがうっていうか、

 俺がぐるぐるしている間にも瀬名の体が近づいてくる。
 ごつ、と背中が壁にあたって俺は自分が身を引いていることに気がついた。

「瀬名……っ、ちょ、ちょっと――」
「……なんですか」
「こ……心の準備、が、」

 瀬名の手が俺の顔に伸びてくる。ああくそ、なんで慣れてんだよ。年下のくせに。

 胸がかっと熱くなった。瀬名の指が俺の頬にふれる、と思った直前でそれは向きを変える。

 髪をなでると瀬名の指は離れていった。

「ゴミついてました。……どうしたんですか? そんな赤くなって。キスされるとでも思いました?」
「は? こ、この……っ」
「そんなにしてほしいならしてあげますよ、仕方ないな。先輩はほしがりさんですね」
「おまえふざけんなよ、マジで、――」

 からかわれたと気づいて言いかえす俺の顔を瀬名が両手ではさむ。
 膝立ちになっている彼がキスしやすいように上に向けられた。ごく、と俺の喉が勝手に動く。

「ひょっとしてずっと期待してました?」
「……おまえが、するって、言ったんじゃん」
「かわいい」

 ぼそっと言うと瀬名は俺の唇にふれてくる。
 瀬名の唇はつめたい。そして俺のものより硬い。女の子のそれとはぜんぜんちがう。

 なのにどきどきしてしまうのはきっと俺がキスするのが久しぶりだからで。役に入りこまなきゃと――きっと星宇(シンユー)にとっての山本は特別な相手だっただろうから――思っているからで。

 べつに。
 こいつのことが好きだからとかじゃ、ない。

 唇を離し、瀬名は俺の顔を両手ではさんだままつぶやく。

「なんか先輩の部屋でキスするってエロいですね」
「一生出禁にすんぞ……!」

 

 そのあとの映画はなにも頭に入ってこなかった。××がぶっ飛んで××が砕けてもわーすぷらったーとしか思えなかった。完全に頭がまひしている。

 受験生の家に長居しちゃ悪いんで、と瀬名は七時ごろ立ちあがった。
「ああ、……うん」と俺もベッドから降りる。

 受験生。わかってはいるんだけど、どこかコンベアーに乗せられて移動させられているみたいな気持ちがあって、いまいち身が入らない。志望大学も学部も自分でえらんだはずなのに。
 安定した仕事につく。それだって、立派な夢であっていいはずなのに。

「戸締り気をつけてくださいね」
「……大丈夫。ありがと」

 玄関まで俺は見送りにでた。スニーカーを履きながら瀬名はそう言ってきて、口調こそそっけないけどその裏にある気遣いがありがたかった。

「じゃあ先輩――」と瀬名は俺を振りかえって、「あ、髪にゴミついてます」と言う。「え? また?」と自分の髪を手で払おうとする俺を押さえて、

 頬にそっとキスしてきた。
 恋人が別れのときにするみたいな、そんなキスを。

「間違えました。なんかこのまま別れるのさびしいんでキスしていいですかって聞こうとしたんです。……元気だしてくださいね。それじゃ」
「あ、……はい……」

 瀬名にキスされたところを手で押さえ、俺は彼が家をでていくのを見守る。
 あいつって彼女相手にはこんな感じなんだろうか。いつもこんなに優しいんだろうか。そう思うと、なんか、

 ……なんか、やだった。