天才ダウナー系後輩に毎日キスされています。※役作りで



「ナユ先輩、目線ください」
「ん」

 夕方のファミレスは俺たちみたいな高校生でにぎやかだ。
 運ばれてきた山盛りポテトとハンバーグセットのまえで俺は瀬名がかまえたスマホのレンズに目をやる。
 ぱしゃ、とシャッターが切られた。

「もう食べていい?」
「どうぞ」

 瀬名はスマホを鞄にもどす。
 細身の後輩はドリンクバーしか頼まなかった。ポテトを俺と半分こすればいいらしい。部活がなかったとはいえ小食だなと思う。

 とか思っていたら瀬名にじっと見られた。

「……なに?」
「先輩、部活引退したのにまえと同じペースで食べてたら太りますよ」
「ファン辞める?」
「…………」

 瀬名は難しい顔でポテトをかじる。

「……辞めません。先輩のこと好きだから。新たな性癖の扉を開きます」
「あんま嬉しくないんだけど……」

 ちなみに瀬名の待ち受けは俺だ。
 学校近くの橋にもたれかかって、夕陽に照らされながら遠い目をしている制服姿の俺。
 ぜんぶで三百枚くらい撮られてるけど去年の秋に撮ったあれが一番お気に入りらしい。

 鏡で見るとべつになんてことない自分の姿も、瀬名の目を通して見るとファッション誌の海外モデルみたいに雰囲気がある。そしてどちらかというと『美形』というよりは『美人』よりである。瀬名は当人が知らない魅力を引きだすのが得意だ。

 とはいえ、まあ、こんなことばかりしてるから『おまえらつきあってんの?』と色々なやつに聞かれるけど――

「そういやゆなちゃんとはどうなったの? 今年もコンクール来てなかったけど」

 瀬名が中学のときから交際していて、いまは隣県の全寮制女子高に通っている子の名前を俺はだす。
「ふつうです」と彼女の話を振られても瀬名は眉ひとつ動かさない。

「夏休みは毎年ハワイ行っちゃうんだっけ」
「はい。もっともあいつが観にきてもすごーいやばーいしか言いませんけど」

 ゆなちゃんの顔を俺は一度も見せてもらったことがない。演劇部の公演は毎回都合があって来られないし、写真も本人がいやがるので一枚もないのだという。

「でもラブラブ?」
「ラブラブです。このまえも電話でナユ先輩の魅力について語りあいました」
「よくフラれないな……」

 よっぽど寛大か瀬名と同じくらい変わりものかのどっちかだろう。
 気になる。俺が卒業するまえに一度会っておきたいところだ。

 ……卒業したら。
 瀬名とこんなふうにだべることもなくなるんだろうし。

「先輩、それおいしいですか?」
「これ? 飲む?」

 ドリンクバーで作ってきたコーラウーロンレモンスカッシュ那由他スペシャルのグラスを俺は瀬名のほうに押しやる。
「ナユ先輩って中身小学生ですよね」と言って瀬名はまだ俺が口をつけていないストローをくわえた。一口飲んで顔をしかめる。

「え、まずい?」
「ウーロン茶の渋みと香ばしさが邪魔です」
「あー、俺もそうだろうと思ってたんだよな」
「毒味させないでくださいよ」

 悪い悪い、と謝って俺はグラスを自分のまえにもどした。
 ストローを使って飲んでみると瀬名の言うとおりだった。次はウーロン茶を抜こうと決める。

「……ナユ先輩、最近寝れてないんですか。クマがうっすらできてますけど」
「だって暑いじゃん。夜でも。だから寝れなくてさ」
「やつれた顔も色気あって好きですけど心配になるんでちゃんと寝てください」
「…………」
「どうかしました?」

「いや……」と俺はハンバーグのつけあわせのブロッコリーをフォークでつつく。「こうやって瀬名に自己肯定感爆上げしてもらえるのもあと半年か、と思ってさ」

 瀬名はなにか言おうとして、それを飲みくだした。「……べつに先輩が大学行ったって褒めまくりますけど。人生の推しなんで」

「だよな……」

 お互いにこう言うけどほんとうはわかっている。
 俺の第一希望の大学は県外だ。無事に進学できたら瀬名とはなんとなく疎遠になって、そのうち俺が地元に帰ってきたときだけなんとなく会うだけの関係になる。

 そして、きっとそのとき瀬名の待ち受けはもう俺ではなくなっているんだろう。

 演劇を辞めた俺と瀬名の関係なんて――そんなものだ。

「……あーあ」テーブルに頬杖をついて俺はつぶやく。「俺も彼女作っておけばよかったな」

「冗談やめてください、先輩に釣りあう女子なんてこの世にいないじゃないですか。先輩と繋がろうとしてる女子は俺がこっそり排除してるんですよ?」
「厄介ファンがついてなきゃなー」

 彼女ができたのは中二のときが最後だ。親友と二股をかけられるという最悪のことをされて、そいつとの友情もぐちゃぐちゃになってしまって、それからもう彼女はいいやとなっていた。

「ナユ先輩が女子だったら俺がもらうんですけど。上手くいきませんね」
「はいはい、俺も女だったらおまえとつきあってたよ」

 あと半年。あと半年だとわかっているのに、口からでてくる言葉はしようのないものばかりだ。
 すでに俺たちを繋ぐ『演劇部』という縁は切れて、『同じ高校』という縁しか残っていないのに。もっと話すべきことはたくさんあるはずなのに。

「……まだ……」
「なんですか?」
「……独り言だよ」

 時間によって自然に切れてしまう縁を繋ぎなおすにはどうすればよいのだろう。その日、瀬名と別れてひとりになったあとでそんなことばかり考えていたからだろうか。

 翌日。
 俺のもとに、演劇のほうから声をかけてきた。